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今日も、貴方を飾る花になる  作者:


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第九話 まずは朝食から

 遠くから、朝を告げる鳥の声が聞こえる。

 その声に導かれるように、フィデルはゆっくりと重い瞼を開き、視界にかかる髪を掻き上げながら体を起こした。


 肌触りのよい真っ白なシーツに、重厚な造りの天蓋ベッド。落ち着いた調度品に囲まれたその部屋は、紛れもなく屋敷にあるフィデルの寝室だった。

 すっかり宿舎の硬いベッドに慣れてしまっていた体には、この沈み込むほど柔らかな寝具は合わなかったらしく、体のあちこちが軋むように痛む。


 それに――昨夜の夜会で、思っていた以上に酒を飲んでしまっていたのか、じくじくとした鈍い痛みが頭を苛んでいた。

 いつもならとうに鍛錬に励んでいる時間だったが、さすがにこの体調で鍛錬をしても身が入らないだろう。


 サイドテーブルにあったベルを鳴らすと、ほどなくノックの音が響き、侍女が入室する。

 彼女は慣れた手つきでフィデルの身支度を手早く整えていった。


 仕事に赴くわけでもないのだからと軽装を望んだが、侍女はそれではいけませんと、控えめながらも華やかな刺繍が施された衣服を用意する。

 久方ぶりに厚手の騎士服からゆとりのある私服へと着替えると、その軽さと動きやすさに解放感を覚え、思わず小さく息を吐いた。


 そうして身支度を終えたフィデルは、重い頭を押さえながらダイニングへと向かう。

 ダイニングの扉を開けると、すでに支度を整えたアルーラが、どこか気だるげに席についているのが目に入り、思わず室内に入ろうとする足を止めた。


 白を基調とし、首元や裾にレースがあしらわれたモーニングドレスに身を包んだ彼女は、大きな窓から差し込む陽光に照らされ、一層人外めいた佇まいを見せている。

 無造作に下ろされた長い金髪は、ドレスを伝い華奢な体を覆うようにやわらかな波を描き、わずかに俯いた頬に、数本がほつれるようにかかっていた。


 昨夜の勝ち気な印象とは打って変わり、まるで無垢な天使を描いた宗教画の一場面を目の当たりにしているかのようで――フィデルは思わず息を呑む。


 早くもその隔絶した“美”に圧倒されたフィデルだったが、まずは彼女という存在に慣れなければ話にならない。


 朝があまり得意ではないのか、アルーラはフィデルが扉を開けてもなお、終始ぼんやりとした様子で、椅子に座ったまま視線だけを彼へと向けた。

 とろりと甘く溶けたような薄紫の眼差しに、大人の余裕を取り繕う間もなく、フィデルは頬が自然と熱を帯びていくのを感じる。それでも彼は逃げることなく、彼女の向かいへと腰を下ろした。


「……良い朝、ですわね……」


「いや、まったくそうは思えないが……大丈夫か?」


 あまりのぼんやりとした様子に、思わずフィデルがそう声をかけると、アルーラはまるで淑女の仮面をどこかへ置き忘れてきたかのような、無防備な表情のまま、こくりと頷いた。


「少々……朝に弱いのです。どうか……お気になさらず」


「そ、そうか」


 どう返事をすればよいのかわからず、結局、濁すように曖昧に頷いたフィデルは、非常に目に毒なアルーラから視線を逸らし、目の前に給仕された朝食へと目を落とした。


 濃いめに焼き色を付けた赤身肉のソテーに、数種の茹で野菜。そして、豆のスープと焼きたてのバゲット。

 いつもと変わらないメニューだが、鍛錬をせずに未だに酒が残る体には少々量が多い。


 朝の鍛錬を終えた後に摂る食事は、なるべく油分の少ないものを中心に、肉体作りに必要な栄養を揃えた内容を用意してもらうことが多い。

 その昔、ルース侯爵家の初代当主が好んで食したとされるメニューは、今やルース侯爵家を支える騎士たちにとっても、肉体作りに欠かせないものとなっている。

 目の前に並べられた料理もまた、その伝統を受け継ぐ品々であるが、たっぷりとソースを用いた料理を口にする機会の多い他家の者にとっては、少々淡泊に感じられるものばかりだろう。


 そう思い、改めてアルーラの方へ視線を向けると、彼女の前に置かれていたのはフィデルと同じメニューではなく、これまで見たことのない、三段に重ねられた分厚いパンケーキだった。

 カリカリに炙られたベーコンとスクランブルエッグが添えられ、さらに載せられたバターの上から、これでもかというほど蜂蜜がかけられている。その様子を見ているだけで、フィデルは胸焼けを覚える。


 女性とは小鳥のように食事量が少ないものだという印象を抱いていた彼は、アルーラの健啖ぶりに呆気に取られた。


「君、朝からその量を食べるのか?」


「……えぇ。朝はしっかり食べておかねば、動けませんから」


 ハニーディッパーを片手に、まるで花がほころぶような柔らかな笑みを浮かべてそう答える彼女に、フィデルは何とも言えない表情を浮かべるのだった。

 彼女の所作は美しく淀みがないからか、パンケーキはまるで魔法のように皿から消えていく。小さな唇にあっという間に収まっていくその様子を、フィデルは思わず見入ってしまうが、当の本人は彼の視線など気にもしていない。パンケーキとベーコンを交互に口にしては、満足そうに目を細めていた。


 成人男性ですら躊躇うほどの量のパンケーキが、いったい華奢な体のどこに収まっているのか。

 一種の神秘のような光景を目の当たりにしつつも、フィデルはのろのろと自身の皿に手を付け始めたのだった。

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