第二十二話 親子の打ち合い
「やあ、こんなところに居たのかい」
「お義父様、フィデル様。もう選び終わりましたの?」
「ああ、使い勝手の良さそうな物をいくつか見繕ってきた」
その後も興が乗ったイネスからフィデルの思い出をあれこれと聞いていると、武器選びを終えたロキとフィデルが茶会の席へ姿を現した。
彼の手には見繕った武器が袋に収められた状態で提げられており、フィデルもロキも心なしか満足そうな表情を浮かべている。
戦いに重きを置く彼らにとって、武器選びは非常に重要でありながら、男心をくすぐる大切な儀式のようなものでもあるのだろう。
親子揃って実に楽しんできたようだと、活き活きとした二人の表情を眺めながらアルーラは思っていたが、ロキがふと彼女の方へ目を向け、ふわりと微笑んだ。
「これからフィデルと鍛錬場で少し肩慣らしをする予定なんだけど、よかったら見に来るかい?」
「よろしいのですか?」
「いいとも。少し動いて武器の調整をするだけだからね。イネスも体調が良ければおいで」
「そうね。あなたの格好いいところが見たいから、行くことにするわね」
「はは、君にそう言われると余計に張り切ってしまうなぁ」
そう言いながらイネスが椅子から立ち上がりロキのもとへ歩み寄ると、ロキはまんざらでもない様子で、愛おしそうにイネスを見つめ返した。
気が付けばすぐにこうして新婚さながらの光景を見せつけてくる両親に、フィデルは何とも言えない渋い表情を浮かべている。
砂糖を極限まで煮詰めたような甘い空気に、胸焼けでも起こしそうな気分なのだろう。
「では、行こうか。ついておいで」
アルーラは優雅に腕を組んで歩き出す二人を追うように、フィデルのエスコートを受けながら、中庭にあるという鍛錬場へと足を運んだ。
***
「これは……随分と自然あふれたお庭、ですわね?」
目の前に広がる、貴族の屋敷とは思えない鍛錬場の荒れように、アルーラはどう言葉にしてよいのかわからず、ただ立ち尽くしていた。
中庭にある鍛錬場は、随分とこぢんまりとしたもので、鍛錬に必要な最低限の設備しか備わっていないような場所だった。
本邸と別邸では建てられた目的も用途も異なるため、もともと休暇などで一時滞在するために建てられたこの場所は、鍛錬を行うことを想定した造りではなかったのだろう。
剥き出しの地面には思い思いに草花が生え、本邸の鍛錬場のように固く踏み固められてもいない。
鍛錬場と呼ぶのも烏滸がましいほど、まるで草原を横切る街道のような、自然のままの風景が広がっていた。
「いやぁ、雑草なんかも生えていて見苦しいだろう? 本当は綺麗な庭だったんだけどね。先代が勝手に庭を掘り返して鍛錬場を作ってしまったんだ。まあ、こういう場所での鍛錬も勉強になるから、あえてこのまま残して、手入れも最低限にしてもらっているんだよ」
ロキは苦笑を浮かべながらそう言った。
先代といえば、ロキの父親にあたる人物であり、随分と豪胆な逸話に事欠かない御仁である。
今は夫婦水入らずで放浪の旅に出ており、アルーラも話には聞いているものの、いまだ一度も対面したことはなかった。
控えていた使用人たちが、アルーラたちのために手早く席を用意すると、彼女はイネスと共に、鍛錬の様子がよく見えるその席へ腰を下ろした。
そしてフィデルたちもまた、その場で軽く柔軟を済ませると、それぞれ選んだ武器を手に取り、早速互いに向かい合って刃を交え始めた。
――刃が擦れ合う硬質な音が、風の音をかき消すように辺りへ響き渡る。
幾度か刃を交えたのち、フィデルはわずかな隙を見極めると、ロキへ向かってロングソードを横薙ぎに一閃した。
しかしロキは、即座にその場で身をしならせてその一撃を躱すと、まるで曲芸師のようにくるりと後方へ跳びながら、小ぶりなナイフを的確にフィデルへ投擲する。
フィデルはロングソードの腹で器用にナイフの軌道を逸らすと、軽やかに着地したロキへ地面をえぐるように踏み出して一気に間合いを詰め、再び上段から風を切るような太刀筋で斬りつけた。
だが、その動きすら読んでいたのか、ロキは楽しげな笑みを浮かべたままその場で体勢を低くし身をフィデルの足元へと滑らせながら、つま先でフィデルの剣を持つ手を蹴り上げて隙を作った。
そして、そのままフィデルの股下を器用に滑り抜けてから体を柔らかく反転させ、フィデルの背に足技を叩き込む。
背中に受けた衝撃にフィデルは前のめりになり苦し気に息を吐いたものの、すぐに体勢を立て直してロングソードを構え直した。
すでにナイフを拾い上げ手に弄んでいたロキは、タン、タンとリズムを刻むようにその場で軽く跳ねながら、余裕の笑みを浮かべてフィデルを挑発していた。
「旦那様の身のこなしはすごいでしょう? 騎士の中でも小柄というのは本来短所になるらしいのだけれど、旦那様は小柄だからこそできる身のこなしを、鍛錬の末に身につけて、ああして長所として活かしているの。ああやって動いている時の旦那様、猫ちゃんみたいにしなやかで、とっても美しいのよね」
恍惚とした吐息を漏らし、頬をほんのりと赤らめながらそう語るイネスは、息子のことなど目に入らないと言わんばかりに、ロキばかりを見つめている。
男性に「猫ちゃんみたい」という言葉が果たして褒め言葉として成立するのか、アルーラには少々疑問ではあったが、二人の間にはそんな気遣いなど必要ないのだろう。
そう思えるほどに、そこには蕩けるような甘い愛情が、誰の目にもわかるほど溢れていた。
アルーラの両親も良い関係を築いていたが、これほどあからさまに惚気るようなことはなかった。
子どもたちの前では常に厳しい母であり、優しい父であったけれど、きっと子どものいない場所では、互いの愛を確かめ合っていたのだろう。
アルーラとフィデルの関係も、この祝祭を機に少しずつ変わり始め、互いを意識するようになっていた。
フィデルは以前からアルーラへ好意を寄せていたようだが、あまりにも不器用すぎて、その想いは彼女にまったく伝わっていなかった。だからこそアルーラは、いまだ彼の感情を測りかねている。
そんな疑問も、共に過ごす時間を重ねれば、やがて解けていくものなのだろうか。
日々の移ろいの中で季節が少しずつ色を変えていくように、アルーラの心もまた、鮮やかに、美しく変わっていくのだろうか。
アルーラの胸に浮かぶ迷いは、たとえ変化を感じ始めたとしても、いまだ尽きることがなかった。
しばらく刃を交えながら武器の具合を確かめ、時折二人で意見を交わしながら調整を重ねていたが、納得のいくところまで仕上がったのか、やがて打ち合いをいったん切り上げ、アルーラたちのもとへ歩み寄ってきた。
あれほど俊敏に動き回っていたのだ。体が水分を欲していたのだろう。二人は用意されていたタオルで汗を拭うと、冷やされた水を一気にあおり、喉の渇きを潤していた。
春らしい麗らかな午後とはいえ、体を動かせば、それなりに汗ばむ季節である。
「旦那様、お疲れ様でございました。あらあら、ちゃんと汗が拭けていませんことよ?」
「ああ、イネス。ありがとう」
イネスは椅子から立ち上がるとロキのもとへ歩み寄り、彼の手からタオルを受け取って、丁寧に首元の汗を拭い始める。
照れくさそうに礼を言うロキの隣で、黙々と汗を拭いていたフィデルが、ふと顔を上げてアルーラを見つめた。
「……同じことをした方がよろしいのでしょうか?」
「ち、違う。別に催促したわけではなくて……っ」
なんとなく目が合ってしまったことで、思わずそう問いかけてしまったアルーラだったが、フィデルは大げさなほど必死に首を横へ振り、顔を赤くしながら否定する。
そのあまりにも慌てた様子が可笑しくて、アルーラがくすくすと笑っていると、そのやり取りを眺めていたイネスとロキは、二人に気づかれないようにどこか面白がるような視線を二人へ向けていた。
「ねえ、旦那様……あの二人」
「ああ、意外と上手くいきそうじゃないかな?」
「ふふ、ですわよね。初めは心配だったけれど……これからが楽しみだわ」
「……なんですか、二人とも」
「いいえー、なんでもなくてよ?」
顔を寄せ合い、小声で何やら語り合う両親の様子に気づいたフィデルが問いかけると、イネスは上機嫌に微笑みながらそう返した。それ以上は何も言わず、フィデルは少しむっとしたような表情で口をつぐむ。
アルーラは首を傾げながらそのやり取りを眺めていたが、ロキがふと思い出したように彼女へ目を向け、にこりと微笑んだ。
「そういえば、君の家は精霊の森の守護を任されていることもあって、一族揃って優秀な戦士だと聞く。君も何か嗜んでいるのかな?」
「え、そうなのか?」
突然とも言えるロキの言葉にフィデルは驚きを隠せない様子だったが、当のアルーラはごく当然のことのように、小さく頷いた。
「はい。わたくしも実家にいた頃は、精霊の森で魔物を相手に鍛錬を積んでおりましたので、一般の令嬢に比べれば戦える方だと思いますわ」
精霊の森と呼ばれる広大な森林を守り続けるため、オルティス伯爵家は代々、あらゆる分野で優れた資質を持つ者たちの血を取り入れながら、その血脈を繋いできた。
そうして受け継がれてきた優秀な血は、一族の者たちへ様々な才を授けている。
類まれな美貌はもちろん、卓越した身体能力を備えた者もいれば、並外れた知性を持つ者もいる。
アルーラはどちらかと言えば身体能力に秀でた側であり、重いドレスを身にまとったままでもある程度戦えるよう、幼い頃から鍛錬を積んできた。
それに、美しい容姿は時として危険を招く。
ゆえに、数多の苦難を経験してきたオルティス伯爵家には、不埒な相手への対処法も代々受け継がれており、一族の者は誰もが厳しく教え込まれるのである。
そして何より、精霊の森という場所は、その名から受ける穏やかな印象とは裏腹に、魔境とも呼ぶべき土地だった。
森には数多の魔物が棲みついており、それらを外へ出さぬため、選りすぐりの戦士たちが日々森へ分け入り、魔物を狩り続けている。
その戦士たちを率いるのが、オルティス伯爵家の当主と、その伴侶に選ばれた者たち、そして次代を担う子どもたちであった。
「ほう、さすがは名の知れた英雄を父に持つだけのことはあるね。それで、武器は何を使うんだい? 持ってこさせるから、少し使うところを見せてくれないか?」
「それは、構いませんが……。でしたら――」
アルーラは少し戸惑いながらも、自らが得意とする武器の名をゆっくりと口にした。




