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今日も、貴方を飾る花になる  作者: 病@5/25【宝石の庭~私を過去にするのなら~】電子書籍発売


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第十二話 温もりと可愛い人

 太陽が傾き、澄んだ青空は少しずつ橙へと移ろい、やがて星々が瞬きを思い出す時間となる。

 ぽつりぽつりと街灯が灯り始め、人々の賑わいもまた色を変え、昼間とは打って変わって、しっとりとした幻想的な光景が広がっていった。


 陽が落ちたことでわずかに寒さが戻り、アルーラは無意識のうちに肩を震わせ、ショールを羽織り直す。

 この時期は昼間の暖かさに油断しがちだが、夜は意外と冷え込むのだ。


 温かい飲み物はないかと歩きながら辺りを見回したとき、ふと、どこかの屋台からふんわりと漂うホットワインの香りがアルーラの足を止めた。

 スパイスの複雑な香りの中に交じる葡萄と柑橘の芳香に誘われ、思わずフィデルの腕を引きながら、香りのする方へと歩き出す。


 そして目的の屋台へとたどり着くと、従者や護衛たちの分も合わせてホットワインを購入し、近くにあった休憩スペースでゆっくりと楽しむことにした。


 二人掛けのベンチにフィデルたちが腰掛けると、自然と互いの肩が触れ合う距離になる。

 服越しに感じる柔らかな体温に、アルーラは思わず寄りかかりたくなるような感覚を覚えたが、ちらりと覗き見たフィデルの、少しだけ照れくさそうな表情に釣られ、その場を誤魔化すようにホットワインへと視線を落とした。


「……美味しいですわね」


 木製のカップに口を寄せて一口飲み、じわりと体の内側から温まる感覚に、ほっと息を吐く。

 ホットワインは冷たいものよりも葡萄の渋みを感じやすいが、中に含まれた柑橘類の爽やかさとスパイスの華やかな香りが鼻を抜けると、不思議と甘く感じられる。


 ここのホットワインには、ジンジャーも入っているのだろう。少し舌にピリッとした辛さが残り、久々に話し疲れた喉もふんわりと温かくなる。

 まるで魔法のような飲み物だと小さく笑みがこぼれると、フィデルが夜空を見上げながら、ゆっくりと話し出した。


「ホットワインは、第三騎士団に所属していた頃、遠征先でよく飲んだな」


「第三騎士団といえば、魔獣災害にまつわる任務を請け負うとされる“深紅の騎士団”ですわよね。旦那様は、もともと第三騎士団にいらしたのですね」


 アルーラがフィデルを見つめながらそう言うと、彼はホットワインを一口飲み、小さく頷いた。


「ああ、あの頃は遠征ばかりで、ほとんど王都にはいなかった。季節を問わず、あちこちへ派遣されたものだ。魔獣を前にすれば、階級も時間も天候も関係ない。任務で森に分け入っては、野営での雑魚寝も当たり前だった。ホットワインには魔獣が嫌うスパイスが入っていることも多くてね。野営にはもってこいの飲み物なんだ」


 フィデルは、第三騎士団に所属していた日々を思い出す。

 魔獣に階級など関係ない。貴族も平民も肩を並べ、ただひたすら血を求め、肉を求めて生き物を襲う狂気の獣たちを切り裂き、血を浴びてはまた斬り伏せる日々。

 死と隣り合わせの恐怖と、自らが積み重ねた成果が如実に現れることへの高揚感――若さゆえの無謀さが、フィデルを魔獣との戦いへと駆り立てていた。


 フィデルは湯気の立つカップを両手で弄びながら、じんわりと伝わる温もりに、野営の寒さと焚火の香り、そして同僚たちと交わしたたわいもない話が脳裏を過る。


 当時のフィデルは、ルース侯爵家の後継者として、剣で道を切り開いた初代当主のように、己の力で国へ貢献したいと願っていた。

 だが、かつて父であるロキも歩んだ道筋を、ただなぞるだけでは物足りない。

 もっと、もっと魔獣を相手にして自身の剣の鋭さを極限まで高め、いずれは誰も成し得なかった、とある偉業を成し遂げたい――そう思っていたのだ。

 そんな話を同僚たちに何げなく話したところ、お前らしいと言って随分と笑われたことまで思い出してしまった。


「当時の私は、なんというか、少しばかりやんちゃでな。無謀にも、いつかドラゴンを倒してみたいと思いながら剣を振るっていた」


「……神話に登場する、かつて大罪を犯し天から追放され、天界から堕とされたとされる邪悪なドラゴンのことでしょうか」


「ああ。まぁ、第三騎士団にいる間は、出会ってもワイバーンくらいで、結局一度もドラゴンとは遭遇しなかったが。……子供っぽいと思うか?」


 若さゆえの無謀な夢を語ったフィデルは、少しばつの悪そうな表情を浮かべながら、ホットワインで唇を湿らせる。

 話の流れで自然と口をついて出たこととはいえ、自身の恥ずかしい過去をこうしてするりと語れるのは、ホットワインの温もりで心が緩んでいたからか、それとも、自らの愚行を受け止めてくれたアルーラが隣にいてくれるからなのか。


 アルーラはそんなフィデルに目を向け、少しばかり手のかかる子どもを見守るような、柔らかな笑みを浮かべた。


「少しだけ、そう思ってしまいますけれど、男性というものはそういうものなのだと、わたくしの父も申しておりましたし」


「君の父上というと……アルフハード卿か」


「ええ。うちは他の家と違い、父が二人おりますの。アルフハードがわたくしと姉たちの父で、ガレフが妹たちの父です。アルフハードお父様は、もともと名高い冒険者として各地を巡った末に、オルティス家へ婿入りした方ですから、旦那様の言う武勇伝も実際数多くお持ちですわ。今度お会いした際に聞いてみてはいかがでしょう? きっと喜んでお話しくださいますわよ」


「それは……ぜひ聞いてみたいな」


 アルーラがそう言うと、フィデルは珍しく子どものように目を輝かせ、大きく頷いた。

 やはり男性にはこのような話を好む者が多いのだろう。特にフィデルのように武を極める者にとって、アルフハードは英雄のような存在らしい。


 そんなアルーラの父であるアルフハードは、出自こそ不明ながら、その実力によって冒険者として名を馳せ、今なお現役で活動している。

 多忙なため家に帰ることは稀であるが、母を一途に愛しているがゆえに浮いた噂は一切なく、各地を渡り歩いていても色恋の話はまったく聞こえてこない。

 代々オルティス伯爵家当主に選ばれる伴侶は、そういった過剰なほど一途な男ばかりだ。

 決して裏切らない、芯を持つ男性こそが、オルティスの血に関わることを許される。


 オルティス伯爵家では、当主となる者だけが、自身で伴侶を決める権限を持つ。

 それは、当主に相応しい伴侶を自らの審美眼で見極めることこそが、家を率いる者に求められる資質であると考えられているためだ。


 当主は、自身の娘たちをさまざまな家へ送り出さなければならない立場にある。

 だからこそ、その責務を自らにも適用し、より優れた子を授かるために伴侶を選ぶのである。


 このような背景を持つ家であるがゆえに、周囲からはあまり良い印象を抱かれず、影では下世話な噂を囁かれることも少なくない。だが実際には家族仲は非常に良く、父親同士も親友のように親密な関係を築いている。


 単に男女の役割が逆転しているだけだというのに、いまだにそれを異質なものとして受け入れられないのは、貴族という枠組みがそれだけ保守的で窮屈なものであるからだろう。

 国を統べる王家が認めているのだから、それ以上に確かな証明はないはずだ。


 フィデルの表情を見るかぎり、そうした差別的な考えを抱いている様子はまったく感じられなかった。そのことに気づき、アルーラは内心で安堵の息を吐く。

 母がそのような意識を持つ家へ自分を嫁がせるはずがないと理解していても、これまでさまざまな価値観に触れてきたことで、アルーラ自身、どうしても疑い深い性格になってしまっていたのだった。


「旦那様は、わたくしの家について不快に思われないのですね」


 思わずアルーラがそう口にすると、フィデルは心底不思議そうな表情を浮かべ、わずかに首を傾げた。


「確かに、貴族家としては女性当主自体が珍しい。しかし、だからといって、なぜ不快に思う必要があるのだろうか。家の存続と実務が成り立つのであれば、性別や在り方の違いなど些細なことだ。私の家のように、嫡子が騎士として前線に立つ型破りな家もある。普通ではないかもしれないが、不快などとはまったく感じない」


「……わたくし、今まで旦那様とまともに話せなかったこと、やっぱり許せない気がしてきましたわ」


「えっ、なぜだ!?」


 アルーラが突然、不貞腐れたようにそう呟いたのを聞き、フィデルは驚愕のあまり動揺を隠せず、大きな声を上げた。


 話してみれば、こんなにも簡単に彼の素晴らしいところを知ることができたというのに、なぜ今までそれを怠ってしまったのだろう。

 ――いや、話そうと努力はしていたのだ。だが、彼の避け方があまりにも隙がなく、何もできなかった。


 やはり許せそうにないと、先日までの怒りが沸々と胸の奥から湧き上がり、思わず言葉として零れてしまったのだが、フィデルはよほど驚いたのか、おろおろと手を彷徨わせながら、アルーラの様子を窺っている。


 騎士として立派な彼が、アルーラの言動にこれほどまでに心を乱されている様子を目にし、湧き出した怒りも鳴りを潜めて思わず笑みが零れる。アルーラは彷徨っていた彼の片手を取り指を絡めると、きゅっと握りしめた。


「えっ、あ……アルーラ、その……」


 頬を赤く染め、言葉を詰まらせながら咄嗟に手を引こうとするフィデルを見つめ、アルーラは憂いを帯びた眼差しのまま、静かに言葉を続ける。


「旦那様のことを、今日一日でたくさん知ることができました。……でも、その機会が今まで失われていたことに、少しだけ悲しくなったのですわ」


「それは……すまない。私が逃げてばかりいたからだ」


「本当ですわ。でも、わたくしも子どものように意地を張りすぎていたことを反省しております。だから……もう、わたくしから逃げないで」


 アルーラの嘆願を含んだかすれた声が、フィデルの耳朶をかすめ、甘く溶けるように響いた。


 今まで気丈に振る舞ってきたアルーラも、一度彼の不器用な優しさに触れてしまった以上、なかったことにはできなくなってしまった。

 フィデルが培ってきた人生のほんの一端を垣間見ただけでも、さまざまな感情がアルーラの心に深く刻まれていく。


 それは、彼が異性に対して無頓着で、その扱い方さえ覚束ない一方で、人に対して否定的な意識を持たず、誰に対しても敬意をもって接することのできる人物であるということ。

 そして、騎士として危険な地へ赴き、魔獣という脅威から人々を守り続けてきた、その努力と勇猛さを知ったことだった。


 どこか情けない一面も、騎士として誠実であろうとする姿も、すべてがフィデルという人物を形作るために欠かせない要素である。

 それらを知らぬまま過ごし、不安と不満ばかりを溜め込んでいた日々には、もはや戻ることはできない――それほどまでに、アルーラは彼に強い興味を抱いていた。


 しかし、その想いがどのような感情の上に成り立っているのかを知るには、まだ早すぎる――これまでの経験と理性が、そう語りかけてくるような気がした。

 それでも、アルーラの心は、彼のことをもっと知りたいと強く願っていた。


「…………」


「……旦那様?」


「すまない。私には、少し……刺激が……距離が、近すぎて……」


 彼の途切れ途切れの声に、アルーラははっとして改めて彼をじっと見つめた。じりじりと仰け反ったフィデルの顔はワインのように真っ赤に染まり、ホットワインを持つ手も微かに震えている。


 アルーラよりも五つ年上であるはずの彼の、あまりにも初心な様子に、アルーラはだんだんと庇護欲にも似た妙な感情が湧き上がるのを感じた。この年齢までこれほど異性に耐性のない男性を見るのは初めてで、思わず変な癖に目覚めてしまいそうになる。


 もともと剣術一筋で異性に関心を抱かなかったと聞いたこともあり、そんな彼が自分に関心を寄せていることを如実に感じ、優越感にも似た感情を抱いてしまうのも無理はなかった。


 アルーラは、次第にフィデルのことを可愛らしい人だと思い始めながら、こほんと小さく咳払いをすると、その手を離した。

 そして、カップのワインを飲み干し、ふわりとドレスの裾を靡かせながら立ち上がると、フィデルの方へ向き直り、微笑んだ。


「ふふ、もう暗くなってしまいましたし、そろそろ帰りましょうか。今日は、とても楽しかったですわ」


「あ、ああ。私も、君と話せて……楽しかった」


 アルーラに釣られるように同じく立ち上がりながら、フィデルは安堵と名残惜しさの入り混じった表情を見せた。その様子に、アルーラの胸にはふと悪戯心が芽生える。


 少し離れた位置で見守っていた従者たちに空のカップを手渡していたフィデルの側へと歩み寄ると、アルーラは再び彼の手を取り、恋人のように指を絡ませながら上目遣いで微笑んだ。


「旦那様、明日は何をいたしましょうか?」


「あ、明日……そうだな、明日も一緒に、か。……困ったな、君と共にいると、感情に振り回されてばかりだ」


 片手で顔を覆いながらも、どこか照れくさそうに口元を緩ませるフィデルに、アルーラもつられて笑みを深める。


 それを後ろで見守っていた従者たちは、二人の関係の進展に喜びつつも、アルーラの積極性にたじたじとなっているフィデルへ、密やかな声援を送ったのだった。


5/25(月)から、コミックシーモア様にて『宝石の庭~私を過去にするのなら、私もあなたを過去にする~』(リブラノベル)が電子書籍として発売予定です。

本編のその後やシーモア限定特典など、数万文字加筆しております。

イラストを担当してくださったのは甘塩コメコ様(@amazio_k)です。


コミックシーモア作品情報

https://www.cmoa.jp/title/1101480733/


挿絵(By みてみん)


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