18. これから(最終話)
その夜、久しぶりに別邸へと帰った。慌ただしく過ぎ去った日々は時間にするとそれほどの期間ではなかったが、討伐の旅に出ていた時のように、何ヶ月もかかったような気がする。
ローラとメアリーに寝支度を整えてもらい、懐かしい部屋の寝台で本を読んでいると、キース様が戻ってきた。ここ最近キース様はずっとホムラに頼まれた素材探しのため黒い装備で過ごしていた上、同じ部屋で寝ることもなかったため、白い寝着姿は新鮮だ。
「おかえりなさい。公爵様とハンス様とはゆっくりお話できましたか」
「ああ」
「それはよかった」
「ホムラの条件について細かいところも決めてきた。父上はホムラに爵位だけでなく領土を与えたがっているが、ホムラが拒否するから中々話が進まなくて時間がかかった」
「はぁ、嫌そうな顔が目に浮かびます」
土地は1番の報酬だが、管理するために土地に縛られる上に、煩雑な公務を抱えることになる。好きな研究に没頭したいホムラには天敵のような仕事だ。
「厄災のことはまだ眉唾物ですが、ホムラが言うならそうなのかもしれませんね。怯えなくて良い日がくるなんてこれほど喜ばしいことはありません」
「そうだな。……貴女まで巻き込んですまない」
「巻き込まれたとは思っていません。私は元々厄災討伐部隊の一員ですし、旅は好きでしたから、時々屋敷を離れられるのは実は少し楽しみです」
家を管理する仕事を侮っているつもりはないが、やはり私に向いているとは思えない。山に出て魔獣を狩り素材を集め、この世の謎を探るかと思うとそのほうがずっと心が踊る。
「とはいってもしばらくは調査と言っていたから、外に出るにはしばらく先のことかもしれませんね。そうだ、腕が鈍っているかもしれないから、数日山にこもって手応えのある魔獣を探して……」
「ソフィア、少しいいか」
「はい?」
私はキース様に促され、寝台の縁に腰掛けた。キース様は私の手を取り、その場に片膝を着いた。空いた手を自らの左胸に添える。
「何を……?」
「エデナの園にまします精霊の父よ あなたの子の精霊が日々私たちを見守ってくださることに感謝いたします。私を妻の元に導いてくださったその御心に感謝いたします。どうか私が妻に生涯正しくこの心と献身を捧げられるよう私を導いてください。御心を求める素直な心と御心に従う力をお与えください。私はこの祈りを誓いとして御前にささげます」
キース様は口上を述べると私の手に額をつけた。突然の儀礼的な言葉に驚きまごついてしまった。祈りの言葉は、魔法が使えない民衆が唱える分にはただの儀礼的なものになるが、キース様のようにそれなりの魔力を持つ人間が唱えると、呪いのように本当に行動を縛るものになる。ほとんど古代魔法を、発動するに等しい。誓うということは、誓いを破ればそれなりの代償を求められるのだ。
私は反応できずに固まっていたが、はっとして手を引こうとしたが離してくれない。
「な、何を……しているんですか!」
今の言葉は、一対一の個人の間で行動を縛り付けるには、もっとも効力のある誓いの言葉であり、神殿の挙式でもしないようなものだ。もう撤回もできない。
「俺は貴女の助けに心から感謝しているが、言葉を尽くしても伝えきれないし、与えられるものもない。これでも足りないくらいだ」
「あの、顔を上げてください。ハンス様のことは私はなにもしていません。あれは全部ホムラがやったことですし」
キース様はようやく顔をあげ、私の手を握ったまま立ち上がった。
「貴女がいなければホムラに声をかけることもなかった。兄のこともあるが、俺は貴女に何もかももらってばかりだ。何か返したい」
「そんなことは……感謝も信頼も十分頂いていますし、不自由なく生活できて、好きなようにさせてもらっている。これ以上望むことなどありません」
キース様はぎゅうと手に力をこめ、私のことを見つめている。ハンス様が目を覚ましてから、自分が弟だということを思い出したのか、時折甘えるような顔をするのは困ったものだった。
「……っそう、訴えられましても、ほんとに、何も……」
私は声にならない声でキース様の強情さを避難した。何か言うまで動くつもりはないという意志を感じる。ハンス様の記憶に見た幼い日のキース様を思い出した。この顔で訴えられるとこちらが折れざるを得ない。
「では、その……けを…」
「?」
恥ずかしがったせいで音にならない。キース様は首をかしげた。私は覚悟を決めて、先ほどよりはっきりと話した。
「口付けが欲しいです。私を妻と呼び献身を誓うなら、今後も私に触れるつもりはないという言葉は撤回してくださったと思ってよろしいですか。今更こんなことを頼むのも、なんというか……気恥ずかしいのですが……感謝と敬意は十分頂きました。貴方が、私と同じ気持ちであると言って欲しい。私はキース様をお慕いしています」
自分の顔に熱が集まって、燃えるようだった。キース様の高尚で美しい祈りと異なり、私の願いは低俗だ。それでも私が心から欲しいのは、優しく見守るような献身ではなく不安定な激情であり、与えるよりも私を求めて欲しいと思う。
「ああ」
キース様は私の指の甲にキスをすると、私の手を返して手のひらを自分の唇を押し付けるようにした。柔らかくかさついた皮膚と、吐息のくすぐったさが手のひらに伝わる。それから手を解放すると、自身の両手を私の頬を添え、そっと顔を近づけた。
口付けがほしいと自分で言い出したのに、いざその時になると体がこわばってしまった。ぎゅっと固く目をつむったが、予想した感覚は唇にこない。その代わり頭の上の方で唇が離れる音がした。髪を優しく撫でられ、耳たぶに手が触れる。額や鼻の頭、頬やあごにもつん、と鳥が突くようにくすぐったい感触が続いた。頬を擦り寄せるような動きにいよいよ焦ったくなって目を開けたら、それを見越したように唇を塞がれた。
「んっ……」
何度も押し当てられた唇が、私の下唇を甘く噛む。ちゅっと響いた水音の刺激とにおいの甘さにクラクラして、座ったままなのに腰が砕けそうになったところをキース様が支えてくれた。
「ソフィア、愛してる」
青い海のような瞳が、私をじっと見つめていた。慈しむような優しさの奥に、欲しいと願っていた熱がちらついている。それが想像していたよりずっと痛く、太陽に射抜かれているようで、逃げ出したい気持ちになる。
私の口からは声にならない悲鳴のようなものが出て、思わず目にじわりと涙が浮かんだ。その涙にさえ唇を落とされ、限界に達した私はそのままキース様に身を預けるようにへたり込んだ。
最後までお読みくださりありがとうございました。
初めて完結させた小説で本当に拙いところもあったかと思いますが、ここまでキースとソフィアを見守ってくださりありがとうございます。
ご感想、ページ下部評価等いただけるとほんとに嬉しいです!ブクマ、評価等ありがとうございました!
近日中に最終話直後の話を公開予定です。
11/14 MLNに載せました。
後書きまで読んでくださったことに心から感謝いたします。
あなたの今日一日が、笑顔ある一日になりますように祈ります!ありがとうございました。




