17. 目覚め
ハンス様が目を覚ましたのは、状態硬化の古代魔法を解いてから3日後のことだった。指先が動いたことを使用人が公爵様に伝え、公爵様、公爵夫人、そしてキース様と私は急いで部屋に向かった。部屋に入った時にはハンス様はまだ起きておらず、椅子に座ったままのホムラが皆を出迎えた。
固唾を飲んで見守っていると、皆が揃うのを待っていたかのように、ハンス様はゆっくりと瞳を開けた。最初にその菫色の瞳に映ったのは彼の両親だった。
口を開くが、ハンス様の声は出ない。公爵夫人がハンス様の頭を少しだけ起こして、唇を水で濡らした。
「母、上……、父上…?」
ハンス様はぼんやりした顔で両親を呼んでから、はっと身を起こした。
「っキース!!父上、キースは?!巨大なバナの木の根元にいたはずです!俺……っ」
「大丈夫だ。キースは私が保護した」
公爵様がはっきりと返答すると、ハンス様は肩の力を抜いて深く息を吐いた。
「よかった。で、俺の弟はどこですか。目が溶けるほど泣いてるだろうから、慰めてやらないとな」
ハンス様は部屋を見渡し、見知らぬ人間が3人もいることに気づいた。
「……ハーフエルフの、魔導士様に……あなた方は?客人の前で申し訳ありません。ハンス・グラニエルでございます」
挨拶のために立ち上がろうとしたハンス様を、ホムラが止めた。そしてハンス様の木製の足を手の甲で叩いた。
「まだ動くな。ヘシェナザルトの気まぐれがまだ馴染んでない。せっかく生えた足が落ちるぞ」
「うおっ、なんだこれ」
ハンス様は自分の足を見て驚いていたが、足首を動かせるし膝も曲げられることが分かると少し楽しそうだった。
「ハンス」
公爵夫人がハンス様に呼びかける。
「受け入れ難いと思うけれど、貴方はヒュドラの毒で15年ほど眠ったままだったの。ここにいるのはキースと、キースの妻のソフィア。それから貴方を治療してくれた魔導士のホムラよ」
「え……?」
ハンス様はあっけに取られた顔でキース様の顔を見つめた。
「キース……?」
キース様は無言で前に進み出た。
「兄様」
「わ、ほんとに、キースか?声、低いな!でも顔は似てる……」
ハンス様はキース様の腕や足を、5体満足なのを確かめるように叩いた。
「そっか。そうか、そうかそうか!大きくなったな!よかったよかった。元気そうで嬉しいよ。俺より先に結婚するなんて、お前に何か先を越されたのは初めてじゃないか?」
ハンス様は、嬉しそうに目を細めると、自分よりも背の高いキース様の頭を撫で、抱きしめて背中を叩いた。キース様は遠慮がちにハンス様の背に手を伸ばし、ゆっくり腕に力をこめた。
*
その日はグラニエル家では15年以上ぶりの祝賀の食事会となった。屋敷にあるだけの料理と酒が近隣の領民にも振る舞われ、長年病弱で屋敷にこもっていたことになっていたハンス様の回復を祝った。
ハンス様の年齢が変わっていないことに関しては、ホムラが幻術をかけることで誤魔化した。数年経てばハンス様は少し若く見える程度になるだろうが、今は実年齢に対して幼すぎる。ハンス様本人は幼い姿で人前に出ることを気にする性格ではなさそうだったが、家に対して要らぬ憶測を呼びたくないようだった。
全てが落ち着いた頃、私とキース様はホムラに呼び出されていた。すっかりホムラの家と化した古く小さな離れは、誰も利用用途が分からない薬品や機材でごった返している。
「で、報酬の話だが。言い値で払うって言ったよな」
「ああ、もちろんだ」
キース様がすかさず答える。ホムラは金以外のものは信頼しないと豪語しているだけあり、仲間内でも依頼に対して報酬をまけることはない。公爵家にある財源が足りなければ私が厄災討伐でもらった褒美も足しにはなるだろうが、今回のことがホムラにどれだけ負担をかけたのかは想像もできず、当然求められる返礼も想像できなかった。
「あんたたち二人の人生が欲しい」
私たちは顔を見合わせた。キース様が確認のために口を開く。
「人生?とは……命のことか?俺は構わないが、ソフィアは……」
「命なんかいるか。死ぬまでおれのために働けってことだよ」
ホムラは私には読めない文字が書かれた書籍を取り出して広げた。
「おれたちの旅は、厄災の討伐にしちゃ張り合いがなくて暇すぎた。そこのカラクリが気になって道中色々調べさせてもらったんだ。張り合いがなかった理由にはたどり着けなかった上にソフィアが"2度目"だったなんていうくだらない理由だったが……分かったこともある」
ホムラが開いたページには、厄災と思われる黒い竜の絵が描いてあった。
「厄災が出現するから瘴気が満ちるんじゃなくて、その逆の可能性だ。何百年も、馬鹿みたいにいつくるか分からんトカゲを待ってるより、その元を潰せばいいんじゃないかと思ってる」
ホムラの言っていることは理屈は分かるが、想像はできなかった。厄災は人智の及ばぬ災害であり、時に神のように崇められる存在で、始まる前から止められるなどと考えたこともない。
「そんなことが可能なのか?」
「知らない。けどまだ誰も厄災がなんのためにどこから来るか誰も調べたことがないんだ。調べたことがないならどんな可能性もあるだろう」
ホムラは本を閉じて、元の棚の方へと投げた。貴重な資料なのかと思ったが雑な扱いを見るとそうではないのかもしれない。
「グラニエル領はどこよりも魔獣が出てくるだろ?あんたたちにはここを拠点におれの手足になって調査に出てもらいたい。その間ハンスは人質だ。巻き込みたくないとか言っても無駄だ。もう本人に言ってある。あんたらが言う通りに働いてくれてる間は、おれもハンスのそばで面倒を見てやる。研究のついでにな」
ホムラは終わるか終わらないか、意味があるのかないのかも分からない調査のために、生まれ育った学院から遥か離れたこの土地に骨を埋めると言っているのだ。あの学院は、親の顔を知らないホムラを拾った恩人と過ごした場所であり、どれだけ文句を言っていたとしても、離れるつもりなどなかったことを知っている。
「それは……」
キース様は戸惑った顔でホムラを見つめていた。
「いいのか?」
「は?いいもなにも、こっちから要求してるんだぞ。答えるのはあんただろ。要求を呑むなら、まぁ呑む以外認めないが、ついでに本邸の裏に俺の住居兼研究用施設を建てろ。ここは古いし、人が住むところじゃない。それから毎月必要な素材をただでよこせ。ついでに手足が飛んだやつがいたら実験台に出してもらおうか。ヘシェナザルトに先をこされたけど、本当は義足も俺が作ったやつを使わせて、一儲けするつもりだったんだ。その代わりおれの研究成果についてはここの利益になるように多少は便宜を図ってやる」
ホムラは今言った条件を全て羊皮紙に綴ってキース様に押し付けた。
「最初に言い値でいいって言ったんだ。あんたたちに断る権利はない。早く公爵に話してこい」
「分かった」
キース様が立ち去った。私はホムラに気になったことを尋ねてみた。
「ホムラはなぜいつも悪役になろうとするんだ」
「は?誰が悪役だよ。おれを倒そうとする自称勇者が来たらちゃんと追い返せよ。そうだ、護衛も契約に入れてやろ」
ホムラは羊皮紙を取り出して、追加の条件を書き留め始めた。
「感謝されるのが苦手なのか?」
「は?別に感謝する奴は勝手にすればいい。おれは金と契約しか信じてないだけだ」
「そうか。契約を結んでくれることが、ホムラからの信頼の証ということだな。ありがとう」
「……」
ホムラは無言で私の足を蹴った。
「いっ……!おい、人を蹴るな」
「雇い主に対して尊大な態度を取るからだ」
「は?研究に協力はするが私は主従関係は結ばんぞ。私の主人は生涯ナターシャ様のみと決めてる」
「あの得体の知れない女の何がいいんだよ。わがままで性格も悪いし」
「ナターシャ様を悪く言うな。自由奔放で可愛らしい方だ」
「はぁ、聖女信者は盲目なやつばっかりだよ」
「なんだと?訂正しろ」
ホムラは自分に理解できない魔法を使うナターシャ様を胡散臭いと批判するのだ。発言を撤回するように言い争っているうちにキース様が戻ってきて、ホムラは無事グラニエル領の一員となり、要らないと突っぱねていたが、爵位も授与されることになった。
次回、短くなりますが最終話です。
11/13(日)朝7時ごろの投稿を予定しています。




