15. 友人
ハンス様にかけられた古代魔法を解くということは、そのままハンス様の死につながる。私に迷惑をかけるつもりはないと言う言葉と、最後に見たどこか決意をしたような微笑みを思い出した。公爵夫人は、本当に自分一人の責任で、息子の命を背負おうとしているのだ。
古代魔法に特有の淡い緑の光が部屋から溢れている。
「母上っ!お待ちください!」
部屋には、公爵様と公爵夫人が二人で息子を見守っていた。
公爵夫人は、魔導書を片手にハンス様に手をかざしている。その彼女の口を塞ぐように、キース様が夫人を抱きしめた。私は夫人の手にある魔導書を閉じて回収した。
「……!」
キース様が身体を話すと、公爵夫人は呆然とした顔で私たちを見つめた。
「キース……?ソフィア…」
そして、寝台に横たわるハンス様に目を向けた。ハンス様の顔色は変わらない。まだ魔法は解けていないようだった。公爵夫人はキース様に視線を向けた。
「キース、ごめんね。母様が悪かったわ。ハンスの死を認められない私が悪かったの。アレクセイとも話したわ」
夫人は自分の夫に目を向けた。公爵様は妻に頷く。
「ちゃんと終わらせるから、兄様に縛られるのはもうやめましょう。貴方は貴方の人生を生きればいいの。もっと早く、決断できなくてごめんなさい」
「お前たち二人は部屋の外にいなさい。ハンスのことは私とカタリナに任せて欲しい」
公爵様が有無を言わせない口調で言い切る。
「嫌です」
キース様は公爵の言葉を拒絶した。夫人は辛そうに微笑んだ。
「……解除したらどうなるか分からない。見なくていいのよ。ハンスも貴方に最後の姿を見られたくないと思う。貴方の前では人一倍格好をつけたがってたから」
「お二人がそのような決心をしたなら、兄様の命は俺に預けてもらえませんか。友人に助けを求めたい」
「……!」
公爵様と夫人は目を見開いた。公爵は幼い子どもの間違いを正すように呟いた。
「それは……キース、ハンスにかけられた古代魔法は母様と王宮魔導師のオズ様とヘルメーナ様しか使えないんだ。お二人には私から話をしたことがあるが、ハンスのことは救えない。これ以上お前に兄のことを背負わせたくない。もういい」
優しく窘めるような口調だ。キース様は頷かなかった。
「兄様のことを背負うなどと思ったことはありません。お二人ができることをやり尽くしたとしても、俺はまだやり尽くしていない。諦めるつもりならそこをどいてください」
公爵様と公爵夫人は気持ちが揺らいでいるように見えた。私は緊迫した空気を遮るために二人に声をかけた。
「あのっ、友人と言うのは、ホムラの……厄災討伐で一緒に旅をした魔導師です。彼は王宮魔導師に引けを取らぬ存在ですし、なにより、解毒のために私に古代魔法の状態硬化をかけたことがあります」
「何?」
「まだ何も話していないので、何も変わらないかもしれません。ですが、できることをやり尽くしていないのは事実です。どうかお任せいただけませんか」
公爵夫人はしばらく私の顔を見つめた後、微笑んだ。
「……そう、分かったわ。ハンスなら、キースが言うなら良いよときっと言うもの……」
そのまま泣き崩れる。その背中に公爵様がそっと手を添えた。公爵様の視線に見送られるように、私はキース様と共に部屋を出た。
「ソフィア、ありがとう」
「いえ。……早速連絡をとってみましょう」
きっと大丈夫だと無責任に発言したくなる。私はその代わりにキース様の背中に手を添えた。
*
グラニエル領からカレジニアへ連絡を取るには、基本手段は手紙のみ。本人宛の魔鳩は禁止で、最後は人の手で許可証とともに届ける必要がある。全て憲兵が中身を確認するため、さほど距離のない王都から手紙を出しても手元に届くまでひと月はかかることもあるという。
私は、キース様とともに結婚祝いでもらった遠隔通信機器を起動していた。
「これは……やり方はあっているのでしょうか…ただの球体に見えますが」
「いまは魔力を流しているのか?」
「はい。魔力を流すだけですぐ起動するらしいので」
音も鳴らぬし光もしない。しばらく待ってみても反応がない。
「つながる気配がありませんね。仕方ない。時間はかかりますが手紙を書いて、その間にカレジニアへの通行許可も申請してみましょう」
「ああ。通行許可は父に頼む。公爵の名を出した方が早い」
「確かに。私もナターシャ様とレイに推薦状を依頼します」
「……い、おいっ!」
通信できない前提で話を進めていくと、唐突にホムラの怒鳴り声がした。
「ホムラか?!」
「呼んどいてなんだよ。なんか用か?体調は……俺が診たんだから問題あるわけないし……この前話したばっかりなのに世間話じゃないだろうな」
「違うぞ。あと私は元気だ。実はお願いがあるんだ」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない」
「どうせどこぞの誰とも知らないやつの面倒ごとだから引き受けたくない。前に自分で何もできないくせに安請け合いするなって言ったよな?反省しろ。できないって言ってこい。人を助けて死にかけるのはやめろ。解散!キースによろしくな」
ホムラは早口で捲し立てた。通信を切られそうになったので、慌てて通信機器をゆする。一度しか使えないと言うからこれで切れたら終わりなのだ。
今回はどこぞの誰とも分からないやつではないが、自分で解決できないことをホムラに頼んできた自覚はあるため苦い気持ちになる。
「わ、ホムラ待ってくれ!待って!」
「ホムラ、待ってくれ」
「……キース?」
「ああ」
ホムラは少し間を置いてため息をついた。
「あのな……キースから頼まれてもおれは何もしないよ。ソフィアが今までおれに何をお願いしてきたか知ってるか?今度は自分が巻き込まれるんだから今のうちに止めておいた方がいいぞ。初手できっぱり断れ」
「いや、それが……この件は、俺の兄のことなんだ。話を聞いてくれないか」
「は?あんた兄弟がいたのか」
「ああ」
通信機器の向こうは無言になった。
「……分かった。話は聞いてやる。でも手助けするかは保証しない。ついでに報酬はこっちの言い値にしてもらうし、手をつけた時点で前金をもらう」
「十分だ。ありがとう」
キース様はホムラにハンス様の状況を説明した。15年前から古代魔法により状態硬化されていることと、解毒不可とされているヒュドラの毒に侵されていることだ。片足は腐って潰れており、寝ている姿からは気づかなかったが、それ以外にも大小さまざまな怪我や火傷を全身に負っている。
「前に状態硬化の古代魔法を人にかける話をしてたのはこれか。そのヒュドラってのはどんな種類だ?多頭の水蛇は色々いるんだ。毒の種類も違う。俺が知ってる方法で解毒を試せるか分からないし、下手なことをすると即死させるからもう少し詳しく教えてくれ」
私はキース様を見た。
「……詳しいことは…その、俺は当時兄の作った防御壁の中にいて、下を向いてうずくまっていたんだ。全てが終わるまで何も見てない。どす黒い身体で紫の瘴気があがっていたのは覚えている」
「黒いのは確かか?」
「だと思うが、9歳の記憶だ」
「頼りにはならんな。まあいい、そこは追々。でも状態硬化してると出来ることが限られるんだよな……ほかに情報はないのか」
「目撃者もいないし、当の本人は眠っている」
手がかりの少なさに空気が重くなる。
「ホムラ、あれはできるのか?」
「ん?」
「ほら……前に、なんだったか、人の記憶の風景を読み取るような魔法を開発してると言っていたような……ハンス様しか知らぬのなら、ハンス様の記憶を読めないか?」
沈黙が落ちた。
「なんであんたが、それを知ってるんだ」
ホムラの声は低く、警戒心に満ちていた。人前で話して良いことではなかったのかもしれない。
「……以前お前に直接聞いた、と思う」
「おれは誰にも話したことはない」
「……え?」
「おれは誰にいつ何を言ったか一言一句記憶してる。記憶の読み取り魔法について人に話したことは一度もない。特にあんたには話すわけがない」
突き刺すような声にぎくりとする。この話を聞いたのは一度死ぬ前の話だっただろうか。
「その、それは……」
「まだ開発中だが確かにその方法なら可能性はある。状態硬化してるから記憶は直前で止まってる可能性が高いし、上手くいけば有効だろうよ。ちょうど実験台を探してたところだ。この話、着手してやる」
私もキース様もほっと肩の力を抜いた。
「だから前金として、ソフィア、あんたの後ろにいるタヌキの名前を吐け。そいつと縁を切るのが条件だ」
「タヌキ?」
流石に室内にタヌキがいないことは分かるから何らかの比喩だろうが、思い当たることがない。私は手がかりを探すためにキース様を見たが、キース様は首を左右に振った。
「あんたにおれの……いや、おれたちの情報を流してるやつだよ。あんたは旅が始まる前からおれ達に詳しすぎた。軽く身辺を洗わせてもらったが何も出てこない。誰があんたに情報を渡してる?あんたはこそこそ計画を立てられる性格じゃないだろう。利用されてるのか、そいつの計画に同調してるのか……何が目的だ」
「えっ」
私が皆に詳しいのは一度死んで繰り返しをしているからで、黒幕などはいない。正直に話して信じてもらえるか分からないが、嘘をつくわけにもいかないため全て説明することにした。
「その……信じてもらえるか分からないが、実は私は一度死んでいて、今回厄災を討伐したのは二回目なんだ。多分一回目の旅でホムラから直接聞いたと思う」
「はぁ?」
「正夢的なものと思ってくれ。それにしては19年分ちゃんと記憶を持っているんだ。だから、私は勝手に前世だと思ってて……その時の記憶と今回の旅の記憶が、時々どちらがどちらか分からなくなってしまうんだ。これ以上は何も出てこない」
沈黙が落ちる。私の失言のせいでホムラの信頼を失い、ハンス様の話がなしになったらどうすればいいんだ。緊張しながらホムラの反応を待っていると、短くため息が聞こえた。
「なるほど。だからやけに挙動不審だったのか。納得した」
「挙動不審だったか」
「そりゃそうだろ。なんの根拠もない道順に自信満々で進んでいくし、おれ達を精霊の啓示だとか父に聞いたとか適当な理由で無理やり引っ張っていこうとするし……間者にしてはポンコツすぎるからどうしてやろうかと思ってた」
「それは、その……雑ですまない……」
「まあいい。厄災の討伐も大したことないと思ってたけど、あんたのおかげもあったってことか。ってことは、無詠唱魔法もおれが教えたのか?」
「そうだ。一度目の人生では私は魔法が大の苦手だったが、無詠唱魔法は相性がよかったんだ」
「なるほどね。よし、色々納得したから、約束通りこの話は受けてやる。ソフィアは今度もっと詳しく話してもらうからな。今からグラニエル領に行く」
「本当か?!ありがとう!」
まずは一歩踏み出すことが出来た。
「キース、しばらく滞在して毒について調べたいんだ。どこか人が近寄らない建物を用意してくれ」
「分かった。到着は20日後くらいになるか?」
「いや、王都までは転移装置ですぐ行けるから、王都からグラニエル領まで一人で馬で向かう。そしたら5日くらいか」
聞きなれない単語に私は首を傾げた。
「転移装置?」
「今回の報酬で王都の郊外に転移装置を設置させてもらったんだ。人間はおれしか通れないけど、一瞬で王都に行ける」
王都は検問が厳しく、転移装置を取り付けるなどとんでもないことのように思える。厄災討伐の報酬に個人個人で呼び出され、陛下から直々に願いを聞かれたが、まさかそんなことを頼むものが出てくるとは、陛下は想像していたのだろうか。
「そろそろ回路が限界だな……とにかくそれくらいで着くから、ちゃんと俺を出迎えろよ」
「ああ」
「分かった!待ってるぞ」
ジジ、と鈍い音がして、通信機器は煙を出し始めた。
「わっ」
慌てて防御壁で取り囲み、爆発の被害は絨毯に黒焦げを作る程度で済んだ。




