14. 責任
私はキース様に公爵夫人が待っている部屋に案内してもらい、夫人と二人でバルコニーへと向かった。外の空気は冷たいが風はなく、庭の風景を楽しむことができた。
「どうかしら」
「美味しいです!」
いただいたお茶を口にして、素直に感想を口にすると夫人が微笑む。
「これはね、娘が嫁いだ国のお茶なの。ジンジャーが身体を温めてくれるでしょう。ほっとするからとても気に入っているわ。この菓子も取り寄せたのよ。本当は生の菓子の方が有名らしいのだけど、遠い国だから乾いたものしか運べなくてね……」
公爵夫人は遠い昔に遠国に嫁いだという長女の話を聞かせてくれた。それから気に入っているお茶やお菓子のこと、ご自身が公爵に嫁いだ時の昔話などをしては時折顔を曇らせる。
「ごめんなさい。私、貴女とずっとお話ししてみたいと思ってて……喋りすぎよね。楽しそうに聞いてくれるから調子に乗っちゃう」
「いえ、声を出して笑って申し訳ありません。マナー知らずでお恥ずかしいです」
「まぁ、いいのよ。楽しく聞いてくれてありがとう。私は家族にマナーなんていらないと思ってるもの。夫には内緒ね?」
公爵夫人は私の母より高齢なのに、幼い少女のように可愛らしく笑う。私も釣られて頬を緩めた。
「あのね、私貴女にもう一つ感謝したいことがあるわ。キースのところに嫁いでくれて本当にありがとう。キースは、自分のことは何も話してくれないけれど、貴女のことだけは、自分から夫に話してくれたわ。だからどんな方なのかずっと知りたかった。貴女と一緒にいて、キースの表情が和らいでいるのを本当に久しぶりに見て……本当に、感謝の言葉が見つからないの」
キース様は父である公爵様に妻を娶るように言われて、思い浮かんだ顔が私しかいなかったために求婚したと言っていなかっただろうか。公爵夫人の口ぶりでは少し違うように感じる。
「とんでもないことです。私もキース様に助けられています」
気になったが、本人のいないところで公爵夫人に尋ねようとは思わなかった。キース様は、私が一般的な良い妻に当てはまらずとも、最初から私を一人の人間として意思を尊重し、敬意を持って接してくれていた。そして私はキース様の心がどうであれ、キース様を想うと決めたのだから、もはや過去に求婚した理由など追及する意味はない。
公爵夫人は柔らかく微笑んだ。
「……貴女は、ハンスに会ったのよね」
「はい。ご挨拶させていただきました」
「キースはハンスのことをなんて?」
「古代魔法で15年前の姿でいるとおっしゃっていました」
「そうね」
夫人はカップに両手を添えた。
「あの魔法は、私がかけてるの。あの時は気が動転していて……今思うと、なんであんなことしたのかって、思うの、でも……」
夫人は一度深呼吸して、微笑んだ。
「ごめんなさいね。これは全部私のせいなの。キースが結婚すると決まった時に全部終わらせるつもりだったのに、ぐずぐずしてごめんなさい。貴女に迷惑をかけるつもりはないわ。ちゃんとなんとかするから、どうかこれからもキースをよろしくね」
「あのっ」
キース様と同じ、過去に囚われている心の危うさを感じて、つい立ち上がってしまった。テーブルセットが乱暴な音を立てる。
「申し訳ありません。……あの、私ももう家族の一員ですから、そのような気遣いは無用です。キース様も、お義母様も、ハンス様のことを自分のせいだとおっしゃる。少なくとも二人が自分のせいだと言うならば、全部一人のせいだなんてことは絶対ないでしょう」
夫人の頬を涙が伝う。そばに控えていた使用人がハンカチを差し出してくれたため、それを受け取って私は公爵夫人の手を握った。何も知らなくても、そばにいることはできる。
夫人はしばらくはらはらと涙を流した後、私の手をぎゅっと握り返してから離した。
「ありがとう。……ごめんなさい。少しハンスのことを話してもいい……?貴女にはちゃんと話しておかなきゃ……」
私が頷くと、夫人は15年前のことを話し始めた。
ハンス様は、キース様の8歳年上のグラニエル家の長男だ。二人は少し歳の離れた兄弟だったが仲は良く、引っ込み思案で無口なキース様の言葉を汲み取って面倒を見るのはハンス様の役目だった。
その日も二人は一緒で、グラニエル領で伝統であるペリュトン狩りの練習のため、キース様の付き添いで森に入ったらしい。
ハンス様が眠りについた原因はヒュドラの猛毒であり、薬でも王宮魔導士でも解毒はできないという。厄災の瘴気により現れた、もはや神話に出てくるような怪物を相手に、ハンス様は一人で弟を守り切った。
「ハンスに預けていた緊急用の閃光魔法が見えて、夫とともに森に急いだの。あたり一面ひどい瘴気だったわ。これじゃ二人とも助かるわけがない……せめて亡骸だけは一目見なきゃって……でも、防御壁の中にうずくまっているキースがいた」
夫人は過去のことを思い出しながら、長く息を吐いた。
「ハンスはひどかったわ。血まみれで地面に横たわっていて…足が腐って……もう手遅れだとすぐ分かったの。でも、キースが、自分のせいだと泣き叫ぶから、違うと言ってあげなきゃって……兄様は大丈夫だからと……貴方のせいじゃないと言おうと思って、本当に、咄嗟だったの。だって何もしなかったら、もう数秒も保たないって、思って……」
夫人は青い顔で震えている。
「本当に愚かで余計なことをしたわ。結果としてハンスの命を弄ぶような真似をして。近しいものの死も受け入れて乗り越えるしかないと、領地の皆にはいつも偉そうに言っているのに、私はできていないのよ」
公爵夫人は一度長く息を吐くと、柔らかくも強い意思を秘めたような顔をしていた。
「聞いてくれてありがとう。こんな話、気分が沈んでしまうわね。……ごめんなさい。明るい気分になれるお茶を用意してもらうから、ここにいてちょうだい。キースも呼んでくるから二人で少しのんびりして」
公爵夫人は滲んだ涙を指で拭い、微笑んでその場を立ち去った。
通常、ヒュドラなど人の踏み入ることができる森には出てこない。文献によると通った後には生き物が近寄れないほどの瘴気を放つという。厄災の訪れとともに、元々魔獣の多いグラニエル領ではこれまで以上に強力なものが出没してしまったのだろう。
厄災を討伐しても、それが過去に及ぼした影響は消えない。
(無力だな)
二度目の生でも、どれだけ腕を磨いても、私にできることはあまりない。解毒ができない猛毒に侵された少年を治し、古代魔法で止まった時間から解放することなど想像もできないことだ。
「待てよ……」
部屋のガラス戸が開き、キース様がワゴンを持った使用人とともにバルコニーへと出てきた。
「キース様!」
「ソフィア、母上が貴女に……」
私はキース様に駆け寄って両腕を掴んだ。勢いをつけすぎて体当たりするようになってしまった。
「あのっ、ハンス様のことをホムラに話しても良いですか?!」
「……?なぜ、ホムラに……」
「ホムラなら……」
勢いのままに話そうとして、私ははたと止まった。私自身が、解毒困難な毒を治療するために古代魔法で状態硬化されていたらしいので、同じ方法でハンス様を助けられると思ったのだが、私を回復した方法について細かいことは何も知らない。ホムラに話したところで状況が変わるか分からないし、家族の事情を、キース様には見知った仲とはいえ赤の他人に晒せと言ってることになる。
「ホムラなら、なにか解決策が分かるのではと思ったのですが……」
「それは、……考えてくれたことには感謝する。ただ、以前少し話したことがあるが……古代魔法の状態硬化を生きた人間にかけるなど気が狂ってると言われた。それ以上話を続けられなかった」
「なんと。そうなのですか。私に同じことをしたから、ホムラなら……と思ったのですが」
上位の精霊の力を借りる古代魔法の使い手は、私が知る限りホムラと王宮にいる魔導師2名だけだった。文献に詠唱が残っているが、ただ唱えても使えるものではない。ナターシャ様の使う魔法も古代魔法に近いが、彼女は自分なりの方法でフェガリ様と交流するため彼女しか使えない。
だから公爵夫人がハンス様に古代魔法をかけたと聞いて驚いた。
「ホムラが貴女に状態硬化の古代魔法をかけたのか?」
「ええ、そうです。ナターシャ様とレイの挙式の日に。あの時に私を助けた方法が、ハンス様の状況に似ていると思ったんです。細かいことは聞いていないので、似ているというだけかもしれませんが……」
「……」
キース様は思案するように黙った。もしかしたらホムラは、キース様から古代魔法の状態硬化を人にかけることを聞いたから、他に手段のなかった私の状況で使ってみようと思ったのかもしれない。
「キース様っ!」
「どうした」
使用人が慌てた様子でキース様に駆け寄ってきた。彼が近くで何かを囁くと、キース様はさっと顔色を変えた。
「母上が?」
慌てた様子で屋敷の中に戻ろうとするので私も追いかけた。ハンス様がいる部屋の方へと向かっているようだ。
「お義母様に何が?!」
「母上が、魔法を解こうとしている」
「……!」




