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【完結済】ループ転生した女騎士は今度こそ幼馴染と添い遂げる……はずが、嫁入り先が公爵家違いです!  作者: 夏八木アオ


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13. 兄弟

久しぶりに戻ったグラニエル領には冬が到来していた。到着した夜、キース様は公爵様と話をしてると告げて本邸へと向かった。翌朝、迎えにきたキース様と共に、私も本邸へと向かった。


同じグラニエル領内だが、本邸と別邸は人の足では遠く、馬車か馬を利用することになる。流石にグラニエル公爵様に見えるのに正装しないわけにはいかず、朝からローラとメアリーに囲まれて身支度をしてもらった。ネイビーのベルベット生地に、裾には細雪のような刺繍が施されたドレスは公爵夫人の見立てらしい。


本邸は、荘厳な石造の建物で、左右対称の庭に色鮮やかな花が植えられている。華やかなのは庭のみで、どっしりとした雰囲気は要塞のようだ。気軽に踏み込んではならない神殿のような気配に少し緊張する。中に入ると公爵様と夫人がにこやかに出迎えてくれた。


「ソフィア、いらっしゃい。このドレスを選んでくれたのね。よく似合ってるわ」

「お義母さま、ありがとうございます」

「あのね、隣国から新しいフレーバーティーを仕入れたの。すっきりして貴女も好きだと思うわ。王都では大変だったのでしょう?心が安心するわ。一緒に頂きましょう」


公爵夫人は少女のように華やいだ笑顔を見せる。キース様から大切な話があると聞いていたので身構えていたが、厳格な雰囲気は屋敷の建物だけで、空気は柔らかい。義両親となる二人とは挙式の時に顔を合わせて短い挨拶をしただけで、会話らしい会話もできなかった。ほとんど初対面に近い私を歓迎して、気さくに振る舞ってくださっている。


「ぜひ」

「カタリナ、食事の前に飲み過ぎると入らなくなるだろう。お前に誘われたら断れぬのだから配慮してやりなさい」

「あら、そうね。お茶はお食事の後にしましょう。さあ、こちらへ来て」


小さな子供を窘めるような公爵の忠告に対して、夫人は笑って答えた。夫人に手を引かれ、食事が用意された広間に移動する。キース様の話を緊張して待っていたが、食事中にその話題はなく、和やかに時間が過ぎて行った。

夫人は特に旅の途中のキース様の話を喜んだ。キース様は自分で自分の話をする方ではないからほとんど聞いたことがなかったらしい。


食事を終えると、夫人は私の手を取って先程のお茶を一緒に飲もうと誘ってくれた。それをキース様が断る。


「母上、先に兄様に挨拶をさせてください」


兄様、という単語に夫人の顔が硬直したのがわかった。


「そう……そうよね。ハンスにも紹介しなきゃ。あの、そうね……」


夫人は私の顔を見てなにか言いかけたが、口をつぐんだ。


結婚の際に互いの家族を紹介したが、その中にキース様の兄と名乗る者はいなかった。歳の離れたきょうだいが2人いるとは聞いており、そのうちの一人は遠い国の後宮に入ったために手紙のやりとりさえほとんどできないという。

王都にいた時もグラニエル公爵の嫡子といえばキース様の名前があがるばかりだ。噂では病弱なきょうだいがいると聞いたことがあったかもしれないが、王都から遠く、中央の要職にも縁のないグラニエル領については、王都周辺にいてはほとんど情報が入ってこない。そして領地に来てからも、使用人からグラニエル家の他の男子について聞いたことはなかった。


魔獣が頻出するグラニエル領では若くして命を失うことは珍しくなく、それ以外の地域でも厄災の出現と共に魔獣や災害で多くの命が失われている。私も叔父や義兄を亡くしているし、親兄弟を失うことは珍しいことではないのだ。キース様の兄も亡くなっていて、挨拶というのは墓参りの可能性もある。


「ソフィア、こちらへ」

「はい」


キース様に案内され、本邸の長い廊下を進む。よく指導された使用人たちは囁きを交わすことはしないが、私たちを見送る視線はどこか不安げだった。

人気のない階段を上り、重厚な扉の前に出た。キース様は息を吐いて扉をノックし、返事を待たずにゆっくりと開く。


中にあったのは、寝台と、サイドテーブル、それから花と花瓶のみだ。一人、少年と青年の間くらいの年齢の男子が寝台の上で眠っている以外、静かで質素な部屋だった。


「兄のハンスだ」

「兄……?」


寝台に横たわる少年は、私よりも年下に見えた。キース様の兄というには寝顔だとしても幼すぎる。


「状態硬化の古代魔法で15年前の姿のままだ」

「古代魔法ですか?」

「ああ。兄様、妻のソフィアだ。紹介が遅くなってすまない」


キース様は眠っている兄のハンス様に挨拶した。紹介を受けて私は慌ててドレスの裾をつかみ挨拶する。

状態硬化の古代魔法といえば、私が王都でホムラにかけてもらった仮死状態にする魔法のはずだ。生きた人間にかける魔法ではなく、ホムラも人間には初めてかけたと言っていたが、まさかこの少年は死体なのだろうか。兄の死体を屋敷で保存し続けていることが、公爵家の罪で、ひいてはキース様が想われる資格がないと言う所以なのか。

キース様は深呼吸して、私の目を見た。


「兄がこうなったのは俺のせいだ」

「え?」

「本来なら事前に話すべきだったが、話す機会が……」


思い当たることがありぎくりとした。求婚をレイからだと勘違いして、父に話など良いから早く返事をして欲しいと頼んだのは私だ。

キース様は首を振った。


「違うな。本当は機会などいくらでもあったが逃げた。臆病で卑怯だと思われるのを恐れて、貴女に兄のことを隠したまま過ごそうとした。俺は、……俺は怖くなると動けなくなる。貴女が倒れた時も、ナターシャもホムラも貴女を助けようとすぐ動いたのに、俺は座り込んで固まっていただけだ。昔からずっとそうなんだ。いつもだれかがなんとかしてくれるまでうずくまって待っている」

「キース様」


私はキース様の両肩を抑えて名前を呼びかけた。まるで過去に戻ってしまったように、目が合わぬような気がして不安になる。もう一度名前を呼ぶと、不安そうな瞳が私を捉えた。急に幼い子どもに戻ってしまったような表情だ。


「よく思い出してください。貴方は兵士に指示を出し敵をとらえ、私が窒息しないように助けてくれました。私の知る貴方は怖がってうずくまったことなどありませんし、臆病でも卑怯でもありません。幼い日の貴方がどんな子どもだったとしても」


キース様の心の一部は、兄のハンス様と一緒に過去に囚われたままになっているようだ。今まで見ることのなかったキース様の心のやわい部分に触れ、この人を守らなくてはという気持ちになる。今までキース様に庇われることはあっても、私が守る側になることなど一度もなかったというのに、そうするのが当たり前のように思えた。


「それに、たとえ今の貴方が本当に臆病で卑怯でも、私は構いません。貴方を怖がらせるあらゆることから私が守って差し上げます」

「……そ」


口を開きかけたキース様の発言を遮る。


「守られるにも愛されるにも、資格などいりません。私が誰を想い誰のために行動するか決めるのは私です。そうでしょう」


キース様の瞳が揺れた。それから目を閉じて息を吐いた。


「……貴女は許してくれると、どこかで分かっていた、気がする」


まるで嬉しそうではなく、絞り出すような声だった。


「もしかして、それも卑怯だと自己嫌悪に陥っているのですか」


キース様は眉を顰めた。言い当てられて罪悪感を感じているのだろうか。子供じみているほど卑屈な考え方をしている。


「貴方が慕うような兄であるのなら、ハンス様も許しているのではないですか」


キース様は眠っている兄の顔を見つめた。


「……そうだろうな」

「貴方だけが自分のことを許せなくても、そのままで大丈夫です。辛くなったら私を頼ってくれてもいい。元騎士の性なのか私は自分をよく知る方に使っていただくのは悪い気はしません。それに私は貴方のことを聖人君主と崇めているのではないのです。キース様が陰気で口下手で愛想がないことは最初から知っていますし、卑怯で臆病で卑屈が追加されても揺らぎません」


力強く宣言すると、キース様は呆気に取られた顔で私を見ていた。


「拗ねましたか?」

「拗ねてはいない……」

「拗ねないでください。貴方が優しくて愛情深い方だということも知っています。頼りにしています。それに、かわいい」

「嬉しくない」


ハンス様のことを話せずにいたことが、ずっとキース様の心に杭のように刺さっていたのだろう。少し顔つきが晴れやかになっていた。


「少し外の空気を吸いませんか。お義母様も待たせています」

「ああ。ソフィア、……ありがとう。話を聞いてくれたことも、貴女の言葉も、覚えておく」

「はい。キース様も話してくださりありがとうございます。大切なご兄弟に挨拶ができてよかった」


私はハンス様の横顔を見つめた。呼吸もなく静かな寝顔だが、穏やかで幸せそうに見えた。


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