第9話 休日のチャイムは突然に
そして迎えた、あの嵐のような食事会からちょうど一週間後の日曜日。
午後二時を過ぎた昼下がりの穏やかな日差しが、レースのカーテン越しに部屋へと差し込み、床に陽だまりを作っていた。
ベッドの上でクッションを抱えながら文庫本を読んでいた小春の耳に、突然、一階から玄関のチャイムが鳴り響く音が届いた。
ピンポーン、という軽やかな電子音の直後、玄関の扉が開く音と、何やら話し声がして、すぐにドタドタと階段の下から母親の明るい声が飛んでくる。
「小春ー! ちょっと降りてきなさい、遥斗くんが来てるわよー!」
その声に、小春の心臓が肋骨を突き破って口から飛び出すかと思うほど大きく跳ねた。
持っていた文庫本が、パサリと音を立ててベッドの上に落ちる。
「……えっ!? な、なんで急に!? 連絡もなしに!?」
小春はバネのように弾かれてベッドから立ち上がり、部屋の隅にある木枠の姿見の前に駆け寄った。
鏡の中に映っていたのは、日曜日の午後に完全に油断しきった自分の姿だった。
手櫛すら通していない後頭部の黒髪はぴょんと外側に寝癖ではね、膝の出たよれよれのパステルグリーンの部屋着スウェットに、いつもの分厚い黒縁眼鏡。
どこからどう見ても「休日の干物女子」そのものだ。
「ちょ、ちょっと待って! 今行くから、ちょっとだけ待っててー!」
ドアを少しだけ開けて階下に向かって裏返った声で叫びながら、小春は完全なパニック状態で勉強机の上のヘアブラシをひっ掴んだ。
涙目で必死に寝癖をとかして一つに結び直し、クローゼットの扉を勢いよく開け放つ。
しかし、今から着替えていたら何分かかるか分からないし、そもそも「一週間前に泣きながら告白して逃げた幼馴染の男の子」の前に出るのに、一体どんな服を着るのが正解なのか、ファッションに疎い小春には皆目見当もつかなかった。
結局、よれよれのスウェットの上から、せめてもの抵抗でいつものベージュのカーディガンを羽織り、鏡の前で胸を押さえて深呼吸を三回繰り返してから、スリッパをパタパタと鳴らして階段を駆け下りた。
母親が気を利かせてリビングに引っ込んだのを確認し、緊張で冷たくなった手で玄関のドアノブを握り、そっと扉を引き開ける。
そこには、春の眩しい昼下がりの日差しと、庭の草木の緑を背負って、遥斗が立っていた。
清潔感のある白い無地のTシャツの上に、薄手のインディゴブルーのデニムジャケットを羽織った、シンプルだけれど彼のスタイルの良さが際立つラフな私服姿。
玄関のたたきに立っていた彼は、小春が顔を出すなり、少し緊張して強張っていた面持ちをふっと和らげ、いつものように小さく片手を上げた。
「……よ。
いきなりごめん」
「……お、おはよう」
「小春、もう昼の二時過ぎだけど」
「う、うるさいわね! 私が休日は起きるの遅いって、昔から知ってるでしょ!」
反射的にそう言い返した瞬間、小春は自分で自分の言葉にハッとして息を呑んだ。
なんてことのない、小学生の頃から何百回、何千回と繰り返してきた、二人のいつもの軽口。
先週のあんな大惨事のあとでも、顔を合わせれば自然とこのやり取りができた。
ただそれだけのことが、どうしようもなく嬉しくて、安心しすぎて、小春の鼻の奥がツンと熱くなり、危うく玄関先でまた泣き出しそうになった。
遥斗はそんな小春の、今にも泣き笑いしそうな顔をじっと見つめると、少し困ったように眉を下げ、けれどどうしようもなく愛おしそうな、優しい目をして微笑んだ。
「……ちょっとだけ、その辺まで付き合ってくれない? お前に、どうしても渡したいものがあるんだ」




