第5話 逃げ場のない金曜日、突然の食事会
気まずく重苦しい沈黙が二人の間に深く横たわったまま、逃げるように週末を迎えようとしていた金曜日の夜。
篠宮家の温かな照明が灯るダイニングには、皿と箸が触れ合う軽やかな音と、リビングのテレビから流れるバラエティ番組の賑やかな笑い声が響いていた。
「そういえば小春、今度の日曜日の夜、久世さんのお宅とみんなで食事に行くことになったわよ。
お父さんがボーナス入ったからって、駅前の『トラットリア・ベルデ』を予約してくれたから」
熱々のハンバーグにデミグラスソースをかけながら、母親がさも楽しそうに放ったその一言に、小春は持っていた塗りの箸を危うく取り落としそうになった。
カチャン、と味噌汁のお椀の縁に箸先が強くぶつかる音が響く。
「……え?」
「『え』じゃないわよ。
今日、スーパーの前で遥斗くんのお母様とばったり会ってね、家族ぐるみで集まるのなんて高校に入ってから一度もなかったでしょうって話が盛り上がったのよ。
日曜日なら遥斗くんもバスケ部がオフだから来られるんですって。
楽しみねえ」
「わ、私、行かない」
自分の意思とは無関係に、反射的に声が裏返った。
母親と父親の視線が一斉に集まるのを感じて、小春は慌てて視線を自分の茶碗に落とし、白米を箸の先で意味もなくつついた。
「どうして? あんた、今週の日曜日は特に予定ないって言ってたじゃない」
「……急に、用事ができたの。
今日、学校で決まったの」
「何の用事よ? 美咲ちゃんと出かけるの?」
「う、ううん……いろいろ。
とにかく、来週の現代文のレポートのために、日曜日の夕方は市立図書館で調べ物とか、いろいろあるの!」
顔も上げずに早口でまくし立て、必死に取り繕う小春の姿を、母親は不思議そうにじっと見つめ、やがて小さく首を傾げてため息をついた。
「変な子ね。
昔は遥斗くんと一緒なら、熱があってもどこへでも尻尾振ってついて行ったくらい仲良しだったのに。
高校生にもなると、幼馴染と親同伴でご飯なんて恥ずかしいのかしら」
悪気のない母親の何気ない言葉が、小春の胸の一番柔らかい場所に、鋭い棘となって深く突き刺さった。
昔は。
そう、昔はよかった。
自分のこの胸の痛みに『恋』なんていう名前がついていなかった頃は、何も考えずに、ただ純粋に彼の隣に立っていられた。
好きだとか、彼にどう思われているかとか、他の可愛い女の子と比べて自分なんかがとか、嫌われたくないとか、そんな息が詰まるほど苦しい感情に振り回されずに済んだのに。
結局、「久世のおばさまが『最近小春ちゃんの顔を全然見てないから、久しぶりにぜひ会いたいわ』って楽しみにしてらっしゃるのよ。
お隣さんに無礼な真似は許しません、図書館なら昼間に行ってきなさい」という母親の絶対的な鶴の一声に押し切られ、小春はすべての退路を断たれたまま、処刑台に登るような気持ちで日曜日を迎えることになった。




