中立派は公平と公正を掲げるが、それゆえに他者を理解しようとしていない。
あなたとアシディの手合わせから数日して、ハーレム内にも少しばかりの動きがあった。
やはり変わらず自らの欲求を満たすため、あなた以外の男に身体を委ねている放蕩派に対して中立派のソルティが様子伺いに赴いたのだ。
ハーレム内のいくつかの宮殿、自然と派閥ごとに分かれて居住するようになった五つの施設における、放蕩派が住まうそこに足を踏み入れる。好意も敵意もなく、ただ中立を貫く面持ちで。
ソルティはそういう立ち位置だった。清楚派にも純愛派にも与せず、しかして愛人派や放蕩派にも依らない完全なる中立……を、少なくとも当人達は自称している。
そんな彼女はそして、放蕩派のリーダー、情熱を秘めたウマムに面会して少しばかり話をしていた。彼女の自室、当然ながらそこそのものからはあなた以外の雄臭などはない。
だがウマム自体から微かに、完全には消しきれていないその匂いを感じるのだ。ソルティは内心を押し殺して、肩をすくめて飄々と切り出した。
「ウマムさん、あなたも相変わらずですね。英雄様への想いと裏腹に秘めた肉欲をどうにも抑えられない性分は、多少なりとも同情したいところですが……」
「押しかけて早々つまらないこと言うのね、ソルティ。私からすると、本音をあけっぴろげにもできないのがどうも気の毒で仕方ないわ。ビタネス相手にもそんなふうに、思うところを隠して応対したのかしら」
「……何が言いたいのか分かりかねますが、他意はありませんよ。ただ、やはりこのハーレム内に英雄様以外の男の匂いというのは感心しません。窓でも開けたらいかがです?」
「あら、ふふ。ごめんなさいね、明日はあなたが愛される番ですものね。万一にもこの部屋に住む、私の匂いが移ろいではあなたまで疑念を抱かれかねませんもの、ね」
努めて中立たらんとするソルティ率いる中立派に、ウマム率いる放蕩派は意外なまでに友好的だった。少なくとも表面上は。
お互い、距離があるやりとりだ。内心に含みが双方ともにある距離感だ。
無理もないだろう。ソルティは正直なところ、愛人派はもとより放蕩派のことも苦手に思っていた。
別段、間男の有無ではない。そこはもはや価値観の違いというものだろうし、英雄にしてハーレムの主たるあなたが扱いを決めることだ。個人的にやはり汚らわしいと思うところはあるが、それをもって彼女らの人格や名誉まで自発的に傷つけたいとも思わない。
ただ、放蕩派はある意味で度を超えていて。そこが中立派にはなかなか理解し難く、半ば怪物的にも見えて恐ろしくおぞましく見えるのだ。愛人派よりもなおひどい。
そしてその度を超えているという部分について、どちらかといえば……スィートをはじめとする清楚派もまた似通う部分を持っており。それゆえソルティは放蕩派と同程度に清楚派のことも、包み隠さず言えば厄介だと思うのだった。
「……あなたにしろスィートさんにしろ、英雄様を極度に想うあまり極端な方向に行きがちなのはあまり、ハーレムにとって良くないと思いますよ。特にあなた方放蕩派は、経済的にも無視できない規模になりつつあるんですから」
「ある意味、真逆にして同質の者なのよ、彼女達と私達は。でも、経済的にお役に立つことは悪くないのではなくて? 欲を抑えられず身体を穢さずにはいられない私達ですもの、英雄様に縋るため、せめて実利面でお役に立たなくては」
「ハーレムを隠れ蓑に独自勢力を構築しようとしている。そう捉えている者が、どの派閥にも多少いることはご存じでしょう。あなた方が英雄様を心から想っているのは私も知っているのですから、それなのにそんなふうに言われるのは、私個人としてはあまり愉快ではありませんので」
「ふぅん……?」
憂いげな表情でつぶやくソルティを、手に顎を乗せて観察するウマム。その顔は興味深げなものだが、内心では苦笑いしたくなる心地だった。
前から理解していた。しかしいざ目の当たりにすると、ため息を吐きたくもなる──ソルティは、中立派は、ある意味で放蕩派と清楚派を見下していると察せられるのだ。
中立かつ公平、公正たらんとする自分達の立ち位置に誇りを持っているのだろう。酔っていると言っても良い。
それゆえに自分達が派閥のなかで最も正しいと信じて疑わず、両極端で最も離れたスタンスにある清楚派と放蕩派を、口に出さずとも無意識的にしろ厭うているのだ。
「問題は、当人にそんな意識がまるでないこと……か」
「え?」
「なんでもないわ。それで、ええと私達が英雄様を裏切ろうと考えている者達がいるということだったわね? 別に、そう思いたい者にはそう思わせておけば良いじゃない。少なくとも私達の活動は英雄様に逐一包み隠さず報告しているし、あのエイラも監査に一口噛んでるもの。それを知りもしない者の言うこと、あなたも気にするべきではないのよ」
「ですが、それでは公平とも公正とも言えません。疑心なく功績を挙げたならば、それはスタンスの違いに依らず評価されるべきでしょう」
「本人がそれを望む限りはね。私達放蕩派にとってこれは贖罪でもあるのよ。罪滅ぼしに見返りなんて、あまりに恥知らずでしょうに」
応えながら、ウマムは内心にて呆れていた。やはりソルティは無意識にも放蕩派を見下している。あるいは他の派閥すべてに対してさえ、どこか上から目線でいる。
だからまるで審判者のような物言いを好み、持論にすぎない物差しを押し付けようとしてくるのだ。
そうしたスタンスを否定まではしないウマムだが、それでは対話も折り合いも成ることはないだろう。実際、なんだかんだと中立派は放蕩派にも愛人派にも、清楚派にさえ理解を示そうとしていない。
理解しようとしない相手と話し合ったとて、どちらかが折れるしかないだけだ……なんなら一番穏健だろう純愛派にさえ、時に下に見る言動を取っているのだからこれはもう手に負えまい。
決して、考え方や思想自体は悪いものではないのだけれどね、と。
憂いげにため息を吐き、ウマムはソルティを適当にあしらうのだった。




