そしてあなたは言いました。
愛人派のビタネスを、その夜あなたは寝室に招いて抱きしめた。何も言わずにただ、愛を交わした。
同情でも憐れみでもない……わけではないと言えないだろう。少なくともあなたの内心に、それはたしかにあるのだから。
それでも、それだけでもない。あなたはたしかにビタネスを抱きしめるなかで彼女に愛を囁いたし、ビタネスも泣きながら咽びながらそれを受けて自らもまた愛を告げた。
嘘ではない、嘘ではないと。本当にあなたが一番なのだと半ば、狂乱しながら悲哀の悦楽に身をよじらせたのだ。
「私達は……私は……間違いなくあなた様を愛しています、英雄様」
あなたに跨って、あなたに寝そべって、涙さえ浮かべて告げる声。ビタネスの包容力ある肉体があなたには心地よく温かいが、同時にこの味わいを知る他の男をも想起して複雑な心地になる。
放蕩派とは別口の感情だ……彼女らは言ってしまえばハッキリと二分している。愛人派のように特定の男をあなたと秤にかけるようなことはなく、どれだけの数の男と寝ようがあなた一筋なことは疑いようがなかったのだ。
無論、放蕩派には放蕩派への複雑な想いはある。しかしそれとて結局は、50人もの女達を毎日毎夜満足させることができないあなたに本質的な原因があるため、納得はせずとも理解は示すしかない。
それは愛人派に対しても同じなのだ。ゆえに慰めるようにその頭を撫でるあなたに、愛人派は溢れる涙を抑えることなく縋りつき、その心情を吐露した。
「愛はっ……! 愛は、一つでなければならないものではないはずです! 性愛、家族愛、隣人愛……いろんな種類の愛は誰にでもありましょう!! 家族愛だって隣人愛だって、誰か一人に限って向けるものではありません! だったら! ……だったら、どうして性愛はいけないのですか!? あなた様のことを愛するよりは弱くとも、それでも他の誰かを愛せてしまうことだって、生きているならあっておかしくないことでしょう!!」
慟哭するように、あるいは懺悔するように。ビタネスは思いの丈を思うだけあなたにぶち撒けている。その声音になんら嘘偽りはない。
愛にも種類はある。そしてその矛先も、時と場合によって複数人に向けることも当然ある。家族や隣人は必ずしも一人だけを愛さなければならないわけでもない。
であれば。なぜ、性愛だけは誰か一人にのみ心を向けなければならないのか? ……生きていて愛せる人が複数人出てくることは、当然のことではないのか。
それが、集団で寄って集って詰られなければならないほどの悪なのか。ビタネスの言っていることは、そもそもの理屈が世間一般の価値観に沿っていないことを除けば、あなたにもなんとか理解できなくはないものだ。
あなたは慎重に考え、言葉を重ねる。
思うに、愛というものそれ自体は決して悪いことではない。ビタネスが言うようにいろんな種類の愛があり、そして時に家族を愛するように隣人を愛することもあれば、隣人を愛するように性を愛することもあるだろう。
性を愛するように、家族を愛することさえも。だが、しかし。
しかし、それらは結局その人だけの持つ物差し、価値観の話であって……他人に対して求めるべきものでなく、ましてや押し付ける類のものであってはならないのだ。
そういう点で言えば清楚派も、純愛派も、中立派も愛人派も放蕩派も全員、各々の価値観を主張するばかりで相互理解をする気などないように見える、と。
あなたは、ハッキリとそう言ったのだ。
「なら……どうすれば良いのです? 私達愛人派の物差しは、他の派閥すべてから共通の敵と見なされているというのに……」
さめざめの泣きつぶやくビタネスへ、あなたはなおも静かに告げた。夜の帷のようにひっそりと、けれど闇の冷たさのように、ひんやりと。
──押し付けず、けれど押し付けられず。相手に理解されずとも納得してもらえるまで、穏当に訴え続けるしかない。
自分達はこういうものなのだと。こうすることでしかいられないものなのだと。
もちろん、聞き入れてもらえない可能性は高い。場合によっては今回のように、多くから辛辣な言葉と視線を浴びる羽目にもなるだろう。
けれど、それぞれの持つ主張はそうやって少しずつ伝えあって、やがて妥協でも折り合いでも良いから落ち着くべきところに落ち着かせるしかないのだ。
これは愛人派だけでなく他の派閥みんなにも伝えていく。そう、告げるあなたに彼女は下唇を噛み、震える声で問うた。
「それは……そんな辛い、道のりは、あまりに残酷すぎます……」
────けれど。それをしなければ私のようになるとあなたは言いました。
憐れなる魔竜王。すべてを押し付けられてそれでも一人立った、この世にたった一人ずつだった存在と滅ぼし合うしかなかった私と、同じことになる、と。
伝わらなくても伝えようとするべきだ。それを止めた瞬間、私達にはもう、互いを排斥し合うしか道がなくなる。
たとえ伝わったところでそうなるかもしれなくても、それでも。それでも、分かろうともせず滅ぼし合うよりは、いくらか残る何かがあるはずなのだから。
そう、言ったのです。
「……………………っ」
ビタネスは今度こそ息を呑み、そして静かにうなずいた。
英雄としての道を歩んだ、歩んでしまった、歩まざるを得なかったあなたという存在が……ある意味でもうすでに、間違ってしまった自分達の成れ果てなのだと、ついに気付いたのだ。




