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「探索不適合」と捨てられた俺にだけ、全滅ルートが見えている  作者: IRIS


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第20話 評価外の続き

 出口の扉が、金属音を立てて開いた。

 重い。昨日より重い気がするのは、腕が疲れているからかもしれないし、今日の終わりに向けて何かを引きずっているからかもしれないし、ただの蝶番の問題かもしれない。三択全部に一票ずつ入れておく。蝶番への苦情は施設管理課に出せばいいが、施設管理課が不法潜入者からの苦情を受け付けているかどうかは確認していない。確認する方法も思いつかない。蝶番よ、今日は見逃してくれ。

 外は白かった。

 蛍光灯の白さで、地下施設の出口通路は整然としていた。誘導灯が床に光の線を引いている。正面に受付カウンターが見える。白城悠真として今日行う最後の手続きが、あそこにある。

 ひばりが先頭を歩いていた。背中がまっすぐで、疲れているはずなのに速度が落ちない。俺よりよほど健全な構造をしている。三枝が俺のすぐ後ろにいた。黒木が腕を庇いながら歩いていた。間宮が最後尾にいた。

 今日はずっとこの並びで終わった。


「お疲れ様でした」


 受付の係員が言った。無表情で言った。今日何百回言ったか分からないという均一さで言った。感謝している。こういう均一さは安全だ。

 証標端末を回収される。

 受け取った係員が端末を読み取り装置に差した。数字が画面に出る。今日一日の記録が吐き出されていく。探索距離、生物への接触回数、撃破への関与比率、負傷者数——俺はその数字を横目で見た。正常に見える範囲に収まっていた。正常に見える範囲に、意図して収めてきたから当然だ。

 係員が端末をもう一台の読み取り装置に差した。

 今度は少し長かった。

 隣でひばりが受付票に署名していた。三枝が静かに自分の順番を待っていた。黒木が腕を庇いながら立っていた。

 端末の画面が、何かを表示した。

 係員の目線が止まった。止まってから、端末をもう一度差し直した。同じ結果が出たらしい。今度は隣の係員に何かを言った。隣の係員が来て、画面を見た。二人で見た。

 俺は、その顔を観察した。

 困惑している。困惑の種類でいうと「機械が壊れているかもしれない」系ではなく、「評価の枠に収まらない何かが出た」系だった。俺の読み間違いかもしれない。でも——端末の右上に、小さなアイコンが点滅していた。

 昨日、間宮が言った。「通常は点滅しません。」

 今日も点滅している。白城悠真の証標端末が、制度が用意した評価軸の外側に出た。

 俺はその場で三秒考えた。三秒で出た結論は「どうにもならない」だった。早い。我ながら処理が速い。制度の設計者への苦情申請を一件考えたが、有効な宛先が目の前にないので保留した。


「お待ちいただけますか」と係員が言った。

「はい」と俺は言った。


 白城悠真として行った最後の「はい」が、こういう形で来るとは設計段階で想定していなかった。設計者は俺だ。お前はもう少し考えろ。はい、すみません。謝罪したところで設計は変わらない。変わらないが謝罪した。誠実さだけが取り柄だ。取り柄がそこしかない。

 ひばりがこちらを見た。「どうした」という顔をしていた。眉が少し動いていた。


「端末の確認が必要だそうです」と俺は言った。

「そっか」


 ひばりは頷いた。頷いてから、一拍だけ俺を見た。「分かった」じゃなく「見た」だった。見て、前を向いた。今日一日の「分かった」の中で、今のが一番重い。


 三枝が俺のすぐ後ろに立っていた。何も言わなかった。三枝が何も言わない時は「何も言わなくていい」と思っているか「言葉を選んでいる」かのどちらかだが、今日の三枝は前者だと読んでいる。数字が残ることの意味を知っている人間の沈黙だ。

 別の扉が開いた。

 冬月司が入ってきた。昨日の点滅が、今日ここまで来た、ということらしい。

 白衣ではなかった。試験運営の制服を着て、手に端末を持っていた。係員と二言三言話して、俺の証標端末の画面を見た。見て、俺の方を見た。

 照合している。俺が今日何度か経験した視線だ。記録と、目の前にいる人間を、照らし合わせている視線だ。

 俺は冬月司の顔を正面から見た。

 困惑していなかった。困惑の代わりに、何かを確定しようとしている顔をしていた。


「白城悠真さん」

「はい」

「今日の記録を確認させてください。少し時間をいただきます」

「はい」


 冬月司が端末に何かを打ち込んだ。俺のことを書いているのか、制度の処理手順を呼び出しているのかは角度的に見えない。胃が一回動いた。正直な胃め。今日何回目かの動きをしている。腹も減っている。膝も少し笑っている。笑うなよ。今笑う場面じゃない。膝は謝らなかった。腹と膝が連帯している。内部統制に問題がある。

 廊下の向こうに、別の班が通り過ぎた。

 一瞬だけ、氷室玲の顔が見えた。

 氷室は前を向いて歩いていた。俺の方を見なかった。見なかったが——一瞬、足の速度が変わったような気がした。

 気がした、だ。読み間違いの可能性を排除しない。でも俺は今日一日で「気がしたことの精度」を何度か実地で検証している。信頼できる感覚と信頼できない感覚の区別が、今日の分だけついてきている。

 冬月司が端末から顔を上げた。


「確認が取れました。処理を進めます」


 何の処理かは言わなかった。俺も聞かなかった。

 確定した、ということだ。白城悠真に問題がなかったのか、白城悠真について記録すべきことが確定したのか、どちらかは分からない。ただ、冬月司の端末の中に、今日の俺が数字として残った。残ったものは消えない。


「ありがとうございました」と冬月司が言った。

「お疲れ様でした」と俺は言った。


 均一な挨拶で終わった。



 出口の先は、地上だった。

 空が明るかった。地下にいた時間の分だけ、光の量が多く感じた。目が少し痛い。瞼に言っておく。もう少し仕事しろ。返事はなかった。ただ、語りかけた結果として瞼が仕事をした場合、俺の語りかけには一定の効果があることになる。今後の運用を検討する。

 今日、白城悠真として俺がいた。

 制度の評価軸が処理できなかった。端末が点滅した。冬月司が記録を取った。正体は露見していない。多分。「多分」を確信に変える情報が今日中に手に入る可能性は低いので「多分」のままにしておく。不確定な情報を確定扱いにする習慣は持っていない。

 俺が「いた」ことで、何かが変わった。それは端末の数字に残っている。消えない。

 不要かどうかは、まだわからない。

 今日の分だけ言えば、「不要ではなかった」が正確な記録だ。今日一日の判決だ。判決は出た。

 判決は出た。 腹が鳴った。順番が違う。


ここまでで第1章は終了です。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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