6 虫嫌い
◇◇◇
「…………さ、さすが。現役魔法使いね。呪文詠唱もなしに、こんな非現実的なことをあっさりと!」
スゴイものを、見てしまった。
わたしは、瞬く間に、ネムちゃんを治療してしまった彼の治癒魔法に、忙しなく拍手を送ってしまった。
尊敬の眼差しを送り続けるわたしに対して、サイリさまは、居心地悪そうに、そっぽを向いたままだった。
「……なかなか、調子がいい人だな。「現役」って、魔法使いに引退はありませんよ。生涯現役です。それに、僕は決して特別じゃありません。偶然、幻獣に効果があった治癒魔法を知っていただけです。もし、僕の想定外の感染症だったら、今頃、医者探しに奔走してましたよ」
「そうね……。幸運だったことを、肝に銘じるわ」
適当な言葉にも、しっかりと、つっこみを入れるのは、彼の生真面目な性格ゆえでしょう。
(それにしたって、手際がいいわ)
惚れ惚れしてしまう。
サイリさまは小屋の外で、髪と衣服を、自分を軸にして、突風を巻きつけることで、乾かしていた。
まるで、彼自身が洗濯の機械になったような感じだ。
(はあ……。これが魔法というものなのね)
わたしは、嘆息しかでなかった。
……美しい。
月を象った銀色の耳飾りが、風でふわふわと揺れている。
彼の全身を彩る青い光。
サイリさまの外見の美しさも相まって、舞台の特殊演出でも観劇しているような、神々しさを放っていた。
(しかも、涼しい……というお得感)
団扇であおぐより、遥かに、暑さが凌げる。
これから暑くなる夏に、一家に一つあると便利な魔法だ。
(……魔法って、教えてもらうことは出来ないのかしら?)
確か、サイリさまは、教職資格も持っていたはずだ。
「あの……ね」
「ああ、駄目ですよ。魔法を学校以外で他者に教える際は、魔法大臣の許可が必要ですからね。教えて良い種類だって、厳格に決められているんです」
「……何で分かったの? 透視能力も完備済み?」
「そんなものなくても、物欲しそうに、そこで立たれていたら、貴方の言いたいことくらい、分かりますって。一応、気持ち悪いから、髪、服共に、乾かしてはみましたけど、いくら風で乾かしても、臭いまでは取れないんです。僕の魔法が未熟な証拠です」
「えー……。見た目が乾いていれば、臭いなんて二の次でいいじゃない。何でもかんでも魔法で出来ちゃったら、魔法が使えない人間なんて、この世から必要なくなっちゃうわ。君の魔法が完璧ではないおかげで、わたしは君に綺麗なお風呂を提供することができるわけだから」
「……あのー。僕、貴方が懸念していた「男」なんですけど?」
「ああ、それはもういいのよ。この際、性別なんて関係ないわ。ネムちゃんの命の恩人をもてなすのは、当然のことだもの」
「お人好しにも程がありますね」
褒められるのが得意ではないのだろう。
サイリさまは、ぶすっとした表情のままだ。
最初こそ、怖かったけれど、今はむしろ、不器用な彼が微笑ましい。
きっと、照れているのだ。
「お人好し? そんなことないわよ。わたし、最初は貴方のこと、疑いまくっていたじゃない?」
「別に、普通でしょ? いきなり、赤の他人から、幻獣が病気だって言われて、簡単に信じ込むようだったら、長い時間、一人で生きてはいませんって」
「それもそうだけど、でも、命の恩人に失礼な態度だったわ。ごめんなさい」
重ね重ね、詫びるしかない。
ネムちゃんが感染症と言われた時、わたしは彼に何か下心があるのではないかと、あからさまに、疑惑の目を向けてしまったのだ。
でも……。
彼は心地悪いだろうに、ネムちゃんの唾液で、汚れた格好のまま、時間をかけて、誠実に病状について話してくれた。
ネムちゃんに対する問診も的確だった。
確かに、ここ最近、ネムちゃんの様子は、おかしかったのだ。
(そうだったわよね。餌もあまり欲しがらなかったし、眠っている時間も多くなっていたわ。お腹も緩くなっていたし、くしゃみだって……)
高齢だし、夏バテだろうと思っていたけれど、まさかの感染症だったとは……。
「今までね、ネムちゃんは健康そのもので、一度も体調を崩したことがなかったのよ。いきなり、こんなことになってしまったから、驚いたわ」
「僕も幻獣に関しては、門外漢ですけど。たまたま、軍隊で幻獣の使役部隊を見たことがあったので……。生態を少しだけ知っていたんです。今年は特に虫の多い年なので、吸血昆虫などが媒介して、幻獣も病に罹りやすいんですよ」
「…………虫?」
「はい。今年は猛暑で都市部も暑くて、害虫が増えているんです」
「うわあ…………」
オワッタ。
わたしは怖気を覚えて、両腕を擦った。
ネムちゃんとわたしだけの生活は気ままで良いけど、この「虫問題」だけは解決できない恐怖だった。
これがあるから、わたしはすぐに働いてもらえる使用人を募集していたのだ。
「よりにもよって、手薄な時に、宿敵がわんさか発生するかもしれないなんて」
「あれ? もしかして、ミレーナさんって、虫が駄目なんですか? こんな自然豊かなところに住んでいたら、たくさん出るでしょうに?」
あっけらかんと言われて、わたしは彼を睨みつけてしまった。
完全な八つ当たりだけど、今は許して欲しい。
――本当に…………。
嫌いなのだ。




