5 誘導尋問?
「な、なんで? ネムちゃん。どうしたのよ? いつも来客中は大人しくしている子なのに」
「幻獣は賢いですからね、魔法使いの僕が来たことに警戒しているのかもしれませんね。……それか、あるいは」
――と、何やら、サイリさまが、したり顔で、考えこんでしまった。
ネムちゃんの唾液は、臭いは控えめだけど、粘液はベタベタしている。
全身、気持ち悪いだろうに、彼は置物のように固まったままだ。
「あの、よろしければ、洗いまし……」
「静かに」
「はあ」
分からない。
(この人、どうして、この状況に適応しているのかしらね?)
――洗濯代と風呂代、弁償しやがれ、ババア!!
……と、怒声を浴びることも、わたしは想定していたのだ。
(相当な変わり者なの……ね?)
「ミレーナさん」
「は、はい?」
「ネムちゃん……。この幻獣の種類は「ネムリア」だから、それでネムちゃんって、ずいぶんと安直な名付けだと思うのですが? もう少しひねって名付けることは出来なかったんですか?」
「名付けは、わたしじゃないのよ。亡くなった父でね。わたしは抗議したんだけど、気が付くと、それで定着していたっていうか……」
「お父様は?」
「ネムちゃんをわたしに託して、すぐに戦争で亡くなってしまったわ」
「戦争? お父様は軍人だったのですか?」
「違うわ。招集されたの」
「どうして? ここ十年で、五十歳以上の男性は兵役の義務を課さないようになっていたはずですが?」
「ああ、それは、内戦だったから」
「ん? 内戦が勃発したのは、八十年以上前ですよ。貴方、一体いくつなんですか?」
「………………あれ?」
――やってしまった。
彼と話していると、つい、わたしも油断してしまうみたいだ。
それとも、これは軍部お得意の「誘導尋問」というやつ?
わたしが黙っていると、彼は特に深追いすることなく、ネムちゃんの方に近づいていった。
「そういうこと……か。羽もあるし、この常識を捻じ曲げためちゃくちゃな幻術の使い方は……」
「ああ、ネムちゃんの羽は、飾りみたいなものでね。飛んだところで、一時間も持たないのよ」
「別に、飛べるかどうかは重要じゃないんですよ。この羽があるということこそが、重要なのです。国で保有しているレムリアには、羽はありませんからね。ネムちゃんは、幻獣ネムリアの中でも更に稀少な「レイム種」。ローランシア国内では、過去、たった二頭しか確認できていない珍獣です。特殊能力も半端ない数を保有しているのでしょう。幻獣の能力で、老化を防ぐことも出来るなんて、僕だって知りませんでしたよ。びっくりです」
それは、おそらく独り言のつもりだったのでしょうけど、すべて事実。
わたしは、弾かれたように反応してしまった。
「レイム種って、何? それで、わたしは老いるのがゆっくりなのかしら?」
「…………え?」
今度こそ、サイリさまは開いた口が塞がらないとばかりに、ぽかんと口を開けて、途方に暮れているようだった。
「そんなことも知らないで、貴方は彼を家族だなんて言ったのですか?」
「相手のすべてを知らなくったって、家族にはなれるわよ。大体、この子はね、最初、父が、祭りの屋台で買ってきた「犬」だったんだから」
「……祭の屋台?」
「ひよこと一緒に売られていたのよ」
「ありえません。バカな」
激しめに、一蹴したサイリさまに、ネムちゃんが声をあげた。
「わぉぉん」
「あ」
その遠吠えで、彼は自分を取り戻したようだ。
よろける体を、壁を支えにして立っている。
「まさか、本当に?」
こくりと頷くと、サイリさまは、熱くなった自分を諌めるように、こほんと軽く咳払いをしてみせた。
「本当よ。百年以上前のお祭りだから、今と比べると、ちょっと趣が違うかもしれないけど……」
「じゃあ……。つまり、このネムリアは、百歳以上の高齢。平均寿命を軽く越えているわけですか? 貴方はネムリアと生活を始めてから、歳の取り方が緩やかになっている。……とすると、やはり、貴方も百歳以上ということになりますね?」
「…………あ」
やってしまった。
またしても、自滅してしまった。
久々に、長く人と話して、タカが外れてしまったのかもしれない。
(わたしが百歳のおばあちゃんなんだって、不採用にした人にバレていい話じゃないわよね?)
使用人として、働いてもらった上で、その人の性格を見極めて、長く働いてくれるようだったら、満を持して、わたしとネムちゃんの本当のことを話すつもりでいたのに……。
「なんてこと……だ。まずいなあ」
「あー……。ごめんなさい。変なことを言って……。一切、忘れてもらって構わないからね」
「え? ああ、違いますって。ネムリアのことですよ。高齢で抵抗力が衰えていて、この湿度の高い暑さはまずいですって」
「…………へっ?」
サイリさまは、べとべとのまま、真顔でわたしに向き直ったのだった。
「もしかしたら、ネムちゃん、感染症かもしれませんよ」




