3 家族の叫び声
「そうか。ヘイリーさん。僕の名前と、見た目で勘違いしてしまったんですね」
「見た目?」
「ああ、ほら……」
そう言って、彼はためらいなく自身の前髪を上げて見せてくれた。
「分かるでしょう?」
「おー……」
ええ、分かりますとも……。
(これは)
なんという、美しさ。
透き通った氷青色の瞳が、きらきらと宝石のように輝いている。
確かに、華奢で、絹のような白い肌に、高い鼻梁、薄い唇。
そして、月を象った独特のイヤリングを、片耳につけていて……。
(ヘイリーさん、勝手に責めて悪かったわ。ごめんなさい)
わたしは、心の中で彼女に何度も詫びた。
彼の低い地声を散々聞いていなければ、わたしだって、間違いなく、サイリのことを女の子と勘違いしていたでしょう。
――絶世の美女として。
(本当に、軍人だったの?)
「見てのとおり、僕、女顔でね。常々、男っぽくしたいと思ってはいるんですが、髪を短くすると、うなじのところにある古傷が露わになってしまうし、耳飾りは魔力的な意味合いでしているものなので、はずすことはできないですし……。嫌々、軍に所属したら、敵より、味方に体を狙われるので、もう……出世するしか道がなくて」
「そ、それは……大変だわ」
何だか、急に彼は饒舌になった。
ご近所さん同士が世間話をするような、気安さで、笑っている。
これは、まさか……。
(緊張……していたってこと?)
そうだ。
当然よね。
片田舎で、住み込みの使用人募集だもの……。
一緒に住むわたしだって怖いけど、見ず知らずの家に住み込むつもりの彼だって怖いわよね?
(何よ。それこそ、最初に話してくれたら、良かったのに)
そうして、わたしは気がついたのだ。
彼もまた、わたしと一緒で、極度の人見知りなんだってことに……。
「ヘイリーさんに、ちゃんと男だって伝えれば良かったのかな?」
「いや、まあ……。わざわざ聞かれてもいないのに、男だとか、女だとか名乗ることもないしね」
「……ですね。仕方ないですね。ああ、でも、一つだけ貴方に、お伝えしておきますけど……。女性の使用人が欲しいのなら「頑強な人」なんて言葉、言わない方が良いと思いますよ。自分が頑強だって自覚している女性なんて、そうはいませんからね。僕は軍隊に所属していた経験もあるし、世間一般で言えば、頑強な部類かなって思ったから、応募したまでで……」
「そう……よね。君の言うとおりよね」
わたしが恐怖にかられて、先走って、ヘイリーさんに頼んでしまったのがいけなかったのよね。
どうしても、すぐに、住み込みの使用人が欲しかったから……。
(ああ、彼は不採用ということで落着してしまったし、次の希望者は、一体、いつ現れるのかしら?)
可及的速やかに、たくましい女性に来て欲しいんですけど……。
「今日は、ありがとうございました。……では、僕はこれで」
彼は重そうな革製の鞄を片手で持ちあげて、ひょいと椅子から立ち上がった。
「ごめんなさいね。こんな辺境の場所まで、暑い中、わざわざ来てもらったのに。こんな形になってしまって。……せめて、交通費くらいは支払うからね」
「そんな、別に。いいんですよ。僕だって、多少は蓄えがあるので……。それに、ここに来るまで、旅行気分に浸れて楽しかったんです。こういうのも何かの縁じゃないですか」
「縁……ね」
そうね。
怖がりなわたしが、最初から、こんなふうに人と話せるのって、ある意味、奇跡だもの。
(しかも、見惚れるくらい、綺麗な男の子でしょ)
逃した魚は大きかったかもしれないけど、でも、逆に近くにいたら、彼が美しすぎて、落ち着かないかも……。
(仕方ないわね)
やはり、ここは女性に来て頂くのが無難でしょう。
よしっ……と、心に固く決めたわたしが、彼を見送ろうと今の扉を開けた瞬間だった。
――うぉぉぉん。
獣の叫び声と共に、築二百年の家が瞬く間に壊れてしまいそうな、地響きと激しい揺れが発生した。
「な、何ですか? これ? ミレーナさん!?」
驚いた。
わたしの名前、ちゃんと記憶しているなんて。
「これは、あの……。家族がね」
「家族、いたんですか?」
「え」
また圧がすごい。
……そうして。
わたしは、派手にひっくり返ったあげく、床に頭をぶつけてしまったのだった。




