2 不採用でお願いします
(こんな、きちんとした面接をするのなら、お母さんの形見のドレスでも着てくれば良かった)
期間限定の使用人の採用面接だから、油断しまくって、おろし髪のまま、着古しエプロンに地味な煉瓦色のワンピースなんて、合わせてしまった。
「そういえば、ミレーナさん。ご夫婦の二人暮らしと聞いていましたけど、旦那様はどちらにいらっしゃるのですか?」
「……しゅ、主人は……川まで洗濯に」
「何処の童話から、引っ張ってきた話ですか?」
間髪入れずに問われてしまって、わたしは目を回した。
そりゃあ、わたしだって、自分のことを馬鹿だって自覚はしている。
……けど。
(普段はここまで「大」がつくほど、馬鹿でもないのよ)
気の利いた嘘の一つや二つ、用意することだってできるのだ。
(彼の挫折経験一度もなし……のような、淡々とした話し方が、人間に不慣れなわたしの焦燥感を刺激するのよ)
ともかく、この青年は威圧感が半端ない。
「おや? つまり、夫婦二人の家に使用人を雇いたいという求人内容の方こそ、嘘のようですね?」
「…………それは、その」
「見たところ、わざと洗濯物に男物を干していたり、台所に二人分のコップを置いていたり……。小細工はしていたみたいですけど、やっぱり、貴方、一人暮らしですか」
「………………洗濯物まで見ていたなんて。何というか」
「貴方だって、目につくところに自分の下着は干していないでしょう。僕は男物の下着しか、見ていませんよ」
(ん?)
男物の下着なら、見ても良い?
(怖っ)
これは、軍部の取り調べか何かなの?
これから、死刑一択の裁判でも行うつもり?
(あっ、そうだったわ)
――この人、軍隊経験者だった。
(そんな面倒な推理力を発揮しているような人と暮らしたら、適当に生きているわたしの醜態ばかりを毎日曝け出すことになるわよね)
間違いない。
――ここは不採用で、お願いします。
――雇用主のわたしが、嘘偽りばかり吐いているので、辞退をお勧めします。
喉元まで、その言葉が出かかっているのに、どういうわけか、この若者を前にすると、言えなくなってしまうのが辛い。
(まあ、ここまで機嫌を損ねているのなら、わたしの事情くらい話してもいいかな)
どうせ、軍隊経験者の遠慮ない観察眼で、気づいているんでしょうし……。
「……えー……っと。ごめんなさい! 夫がいることにしておいた方が、おかしな犯罪に巻き込まれないかなって、自衛のために、小細工をしていたのよ。ほら、最近、戦争の影響で治安も悪いし、こんな田舎でも、女一人は物騒だから」
悲惨な戦争は、やっと一年前に停戦した。
でも、十年以上も長引いたせいで、都市部でも貧困が進み、犯罪が横行しているという噂を、わたしは耳にしていた。
外の人間を、家に招くことは、相手側に個人情報をさらけだすということ。
用心はしておきたかった。
……しかし……だ。
この不遜な青年相手には、まったく意味なんてなかったようだ。
彼は特に、わたしの告白には触れずに……。
「……で、頑強な雑用係が必要だったんですか?」
応募要項にこだわっているようだった。
(いや、まだ隠し事があるんだろうっていう、疑いの目をしているわね?)
「古い家に住んでいるから、修繕するものも多くてね。力仕事も少々あるので、頑強なほうが良いのではないかと思ったのよ。以前、いてくれたお手伝いさんがぎっくり腰で、療養から、そのまま辞める流れになってしまったから」
「なるほど」
「だからね、一人暮らしのわたしが雇うのなら、《《女性》》の方が良いと思ったの。君のサイリっていう名前が大変可愛らしかったので、ヘイリーさんに「会う」と伝えてしまったの。だから、てっきり、その……女性だと」
「珍しいとは言われますが、サイリって、女性名に聞こえますか?」
「昔、この辺りで、そういう名前の女の子がいたから……」
「ああ、そうでしたか。そういうことでしたか。……得心しました。女性の一人住まいに、二十五歳の男を住み込みで雇って欲しいなんて来たら、普通、断りますものね。了解です」
「へ…………」
今までの険のある声が嘘のように、彼は明るく言い放ち、経歴書をまとめて、手際よく、革製の鞄の中につめていった。
(えっ……。こんな説明ですべて納得してくれたの?)
わたしは、清々しいほどあっさりした彼の態度に、拍子抜けした。
(……だったら、最初から正直に話していれば良かった)
馬鹿だ。
断ったら、怒られるんじゃないかって、めちゃくちゃ気を遣ってしまった。
(交通費ならまだしも、慰謝料を請求されるんじゃいなかって、わたし、ドキドキしていたのよ)




