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31 自然に終わりが来るその時まで……

◇◇◇


 こんなにうるさくして、イーヴンとフレッドが起きないのは、サイリ君の気絶させる腕が上手いのか……。 


(……いや、気絶させる腕って、何よそれ?)


 心の中で、めちゃくちゃな自問をしながら、わたしは肩を落としながら、全面降伏したのだった。


「特定の人間を忘れる薬もある……わよ」

「……やっぱり、あったんですねえ。で、使用法は?」

「薬を散布する時に、起こして、自分の顔を見てもらえば……」

「おお、それはいいですね」


 まるで、悪だくみを仕掛ける敵役のような、氷の微笑を浮かべているサイリ君は、すくっと立ち上がると、先程と同じく、子供が親にお駄賃を頼むかのように、手のひらをわたしの眼前に突き出してきた。


「二人が目覚めないうちに、さくっとやってしまいましょう。彼らは独断でここに来たみたいだし、上に報告もしていないようです。この薬で充分出し抜けますよ」

「君ねえ……」


 彼は、それが狙いだったのだ。

 だから、わざと、わたしの良心を試して、挑発した。

 わたしが根負けして、手札を見せるのを待っていたのだ。


「……とんでもない子を、雇ってしまったわよ。いや、本当……勘弁して。もしかして、わたし、犯罪の片棒担いでる……とか? 懺悔しないと。お母さん、お父さん、横道に逸れてしまったわたしをお許しください」


 最後の悪あがきのように、わたしは始終、ぶつぶつ、ぼやきながら部屋に戻って、嫌々薬を持ち出してきた。

 ぶっきらぼうに手渡して、膨れっ面のまま下を向いていると……。


「今日は、大変なご迷惑をおかけして、すいませんでした」


 サイリ君は今までの悪態を一変させて、殊勝に頭を下げてきたのだった。


「サイリ君?」


 多分、本当に反省なんかはしてないだろう。

 さすがに、わたしだって分かっている。

 証拠に彼は、延々と捲し立ててきた。


「…………でもね、ミレーナさん。僕、こんな奴ですけど、結構、貴方の役に立つと思うんです。魔法のことや、ネムちゃんのことだけじゃなくて、炊事、洗濯、料理に修繕、医者の真似事だって出来るし、手芸だって……義母にやらされていたので、出来ます。ご迷惑をおかけしている分、精一杯働くし、酒も賭博も女遊びもしない。少し長い目で見たら、良い使用人が見つかったって思うんじゃないかな? それに、期間限定で、この辺境の地で、あのお給料で求人を出したところで、ろくな人間が来ないと思いますよ。それでもいいんですか?」

「………………君ねえ」


 ……まったく。

 どうしようもない子だ。


(臆病なのは、君も同じじゃないの?)


 感情で訴えるのではなくて、理詰めで、自分の価値を伝えて、相手を黙らせようとするところ。

 素直になれないのは、傷つくことが怖いからなんでしょう?


(何だかんだで、偽名を名乗っていないのも、本当は……)


 ――心のどこかで、繋がりを求めているからなんでしょう。


「おおぉん!」


 ほら、もうこんな時間。

 サイリ君も、空腹を訴えている。

 今日も一日は、つつがなく流れているのだ。

 えぐれてしまった地面も、玄関前に横たわる倒れた木も……。

 サイリ君の大切な部下だったイーヴンと、フレッドも……。

 どうせ、わたし一人では何とかできない。


 ――それならば。


「……そう……ね。期間限定だものね」

「ええ。そうです。いつか、自然に終わる時が来るのなら、その時までは……」


 アトマイザーを受け取ったサイリ君が、距離を縮めて、片方の手をわたしに差し出してきた。


「改めて、よろしくお願いします。ミレーナさん」

 

 溌剌とした良い声。人懐っこい笑顔。正直者にしか見えない澄んだ瞳。


(……駄目ねえ)


 そういうところが、良くないのだ。

 皆が騙されてしまう。


(教えてあげた方がいいかしら?)


 その距離感が、誤解を招くんだって……。

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