表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/33

エピローグ

◇◇◇


 ――出会いから、一年後。(追手を撒いてから、半年後)。

 ネムちゃんの小屋。

 

「今日も美味しいご飯が頂けたし、あの子も、多少は元気になったかもしれないし、良かったわねえ。ネムちゃん」

「くぅぅん」


 わたしに顎をわしゃわしゃ撫でられて、気持ちよさそうに、円らな黒い目を細めているネムちゃん。

 今日も、とっても可愛い。

 この瞬間に、天寿を全うしてしまいそうなほど高齢な幻獣であっても、わたしにとっては、ずっと変わらない家族で相棒だ。


 ――至福の時だわ。


 すぐ横で、禍々しい妖気を放っている使用人は違うみたいだけど……ね。


「腹が立ちます! 同じ姉妹で生まれたにも関わらず、妹だけ贔屓して、姉は無能だと罵る家族なんて……」


 例によって、ネムちゃんにご飯を与えてくれた人に、サイリ君は同情をしているようだ。


(……そうだったわね)


 ルファス家には、あまり性格が宜しくない長男がいたらしいので、次男として引き取られたサイリ君は、ずいぶん苦労をしたのだろう。


「まあ、でも、結構、巷で溢れている話だと思うのよ。……大丈夫よ。彼女が清く正しく生きていれば、何処からか、わいてきた美形の兄ちゃんが、小さい頃の約束を思い出して、彼女を回収しに来てくれるはず」

「何ですか。それは……。そんな保証はないでしょうに。ここは、僕が……」

「やめて……ね。また女の子に変な誤解されるから。懲りてないの?」


 最近、暑苦しいという理由で、いきなり前髪を切ってしまったサイリ君だ。

 この……歩く魅了魔法のような男性を、うっかり外に出すのは、幻獣を表通りで歩かせるくらい、神経を使いそうだ。


(人と一緒にいるのって、妥協と度胸が必要なのね)


 はあ……と、溜息を吐く。


 サイリ君がよく喋るのは、暇だからだ。

 ここ数日、天気が良くなくて、出来る仕事が限られていた。

 夏に入るまで続く長雨は、この地域では毎年の恒例行事のようなものだったが、若い彼は、体力を持て余しているのかもしれない。


「なんか薄暗いし、眠くなってきたわ。これから、わたしは二階で寝てくるから。君も適当に……」


 とにかく、一人の時間を死守しよう……。

 昨夜から十時間は眠ったけど、雨の日は一段と眠いのだ。


「待ってください。先ほど、食べたばかりですよ。最近、食べるとすぐ寝てるじゃないですか? 食っちゃ寝していると豚になるって、子供の頃に教えられませんでした?」


 また、余計な一言(特に語尾)が飛んできたものだ。 

 黙って寝かせて欲しい。

 ……けど。


(わたしも小さい頃、食べてからすぐ寝ると牛になるって、聞いたことはあるわ)


「あのね、食べたら眠くなるのは、生理的なこと。本能よ。身体の声を受け取るのは、健康のためには、大切なことなのよ」


「何が健康? それ、ただ不規則な生活でムラ食いするから、お腹に血が集まって、眠くなっているだけですって。貴方、食事だけでなく、運動不足もどうにかした方がいいんじゃないですか?」

「…………毎日、二階まで、歩いているわよ」

「そんなんで、今までよく大きな病気をしませんでしたね。逆に羨ましいです」


 なんかよく分からないけど、謎の誉められ方をしている。


「やっぱり、ミレーナさんは騎獣をやってみるのが、いいんじゃないですか? 空を飛ぶのは、楽しいし、ネムちゃんの運動にもなりますから」

「……それさ、単純に、君が便利ってことなんじゃないの?」


 サイリ君のことだけを、半年間忘れるという、手前勝手な薬を使用されてしまったイーヴンとフレッドは、当初、サイリ君が話していた通り、ネムちゃんの背中に乗って、都の外れにある彼らが懇意にしていた酒場に置いてきたという話だった。


(わたしのネムちゃんが、犯罪まがいのことに使われてしまうなんて……)


 長時間の隠密飛行という、高度な技術を覚えたネムちゃんは、自信に満ちて、ご満悦だったが、これ以上、こんな危ないことをさせるのは無理だ。


 犯罪の片棒反対。

 勘弁して欲しい。


「否定はしませんけどね。でも、貴方だって利が大きいと思うんですよ」


 言いながら、サイリ君はわたしを抜いて、小屋の入口に向かって行った。

 どうせ、雨だろうと、高を括っているわたしは、飽きもせずに、ネムちゃんのお腹をわしゃわしゃと撫でていたのだが……。

 両開きの小屋の扉を力いっぱい開けたサイリ君は、にやっと口の端を上げたのだ。


「ほら、ミレーナさん。見てください。雨、上がっていますよ」

「…………あー……。本当ね」


 言われずとも分かる眩い日差し。

 振り返ったサイリ君の黒ずくめの姿を、淡い光が縁取っていた。

 氷青(アイスブルー)の瞳は熱を帯びて、キラキラしている。

 屋根からの雫がぽたぽた落ちて、湿りを晴らす初夏の香りを運んできた。

 どうせ今日一日、雨は降り続けるんだろうと思っていたのに……。


(雨宿りも、いつかは終わるものよね……。仕方ないわ)


 わたしはぼんやりしながら、意気揚々と表に歩いて行く、彼の後ろ姿を目で追っていた。


 …………陽だまりの世界。


 近い将来、サイリ君も、光の当たる世界に戻る時が必ず来る。

 それまでは……。


「なに呆けているんですか。絶好の騎獣日和じゃないですか?」

「…………絶好……ねえ」





 ――……年下の魔法使いくん+一匹と、ありふれた日常を。



【 了 】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ