30 人生は暇つぶし
◇◇◇
「君のため、貴方のため……。その言葉は、総じて、自己保身のために使うんですよ。本当に相手のことを考えているわけではない。自分を悪者にしたくないから、自分が善人でいたいから。本人のためだと、相手側に責任転嫁しているだけなんです」
「わたしは、そんなつもりはないわよ」
「分かっていますよ。僕がちょっと面倒な体質なだけです。……だから、僕を解雇しますか?」
「………………うーん」
ああ、そうだ。
サイリ君の言う通りだ。
――わたしが悪い。
(こんな小細工までして……)
最初から「君のため」だなんて綺麗事を吐かず、わたしが「巻き込まれるのは迷惑だから、出ていけ。解雇だ」と、言い渡したのなら、むしろ、彼は納得したのかもしれない。
彼とわたしの同居は、あくまで「雇用関係」で成り立っている。
契約が終わってしまえば、赤の他人なのだから……。
――どうして、それが、わたしには出来なかったのだろう?
「もしかして、サイリ君は、わたしが二階で、この薬を作っているところを見ていたの?」
「いいえ。僕は取り決め通り、一階から出ていません。二階を見ないために、魔法で飛ばないようにもしていたくらいです」
「……だったら?」
「貴方は、臆病な人だから」
サイリ君は、わたしから奪ったアトマイザーを眺めながら、断言した。
「将来のことなんて、何も考えてない、何もできないなんて自嘲していたけど、結局、それって将来が怖いから、何かは考えている、何かしたいって思っているんじゃないですか? 本当に考えていないなら、謙遜もしないでしょう」
「そ、そんなことは……」
「以前、記憶を持った人に尾けられた……恐ろしい目に遭った貴方が、自衛を考えないはずがありません。たとえ、倫理観から逸脱する行為であっても、お母様に釘を刺されていても、それでも、怖がりな貴方は作らずにはいられないはずだ」
「あー……」
彼の自信満々の推理は、当たっているようで、大切なことを見落としていた。
「違うんですか?」
「うん、まあ、半分以上、当たっているけど、すべてではないか……しら」
わたしは、乾燥してぱさぱさになった髪を、くしゃっと掻き分けた。
やはり、サイリ君の艶々の黒髪とは感触が違う。
同じ人間の髪なのか、疑ってしまうほどだった。
「じゃあ……何で?」
「……そりゃ、分かるでしょう。単純に」
「何です?」
「暇……だったのよ」
「………………え?」
「長く生きているとね、人生が暇つぶしにもなってくるのよ。だから、臆病で小心者のわたしでも、賭けをしたくなったりもするわけ。将来のことだって、考えたりするけど、そのうち、考えたことも忘れてしまうの。そんなものなのよ」
「はあ。なる……ほど」
サイリ君は、素直にうなずいた。
可愛げのある反応だけど、わたしの本当の気持ちは、まだ若い彼には理解できないはずだ。
………それでいい。
「……う」
……と、散々、騒ぎすぎたせいか、サイリ君の背後で、仰向けに倒れているフレッドが身じろぎをしていた。
「まずいな」
サイリ君が淡々と、アトマイザーを手にフレッドの前で片膝をつく。
「ま、待ってよ。サイリ君」
わたしは走って、彼の腕を掴んだ。
「はい?」
「本当に、その薬を使うつもりなの?」
「ええ」
即答されてしまった。
何の罪悪感もなく……。
ある意味、さすが元軍人。
とんでもないことをしでかそうとしているのに、まるで躊躇がない。
「あのね。それ、半年分の記憶が消える薬なのよ。三時間の比じゃないんだから。……さっき、わたしが、言っていたこと忘れてしまったの?」
「もちろん、覚えていますよ。半年分、記憶が吹っ飛べば、もう二度とここには近づきませんね。めでたいじゃないですか」
――暴論キタ。
色々と神経質に、事細かく考えているフリをしているけど、何それ?
大雑把にもほどがある。
「色々とツッコミたいところがあるんだけど、まず……半年間、記憶喪失になってしまったら、彼らが大変でしょ。大切な部下の人生に、差支えがあるわ」
「……ほう。その人生に差支えのある薬を、僕に使おうとしたのは、どこの誰でしたっけ?」
「誰……だったかしら……ね」
心が……痛い。
いっそ、ボケて何もかも、忘れた設定にしておきたい。
しゅんとしているわたしを出し抜くように、サイリ君がアトマイザーを、フレッドに向けていた。
「だ、駄目よ!」
「いいんですよ。この二人なら、半年くらい、記憶が吹っ飛んでも……。今までだって、そんな代わり映えのない毎日を生きていたでしょうから」
「……ひどっ! 元部下なのに……。彼らだって、懸命に毎日、生きていたのよ。主観で他人のことを決めるなって、あれだけ怒っていた君は何処にいったのよ?」
「主観ではないですって。元上官として、僕には、ありありと彼らが分かるだけで」
「それこそ、決めつけだわ」
「まあ、決めつけでも真実でも、この際、どうでもいいってことです。こっちは死活問題ですからね」
彼が人差し指に力を込めて、噴射しようとしたので、わたしはその手を強く掴んだ。
「どうでも良くないって、良くないわよ! あー……もうっ! わかったわよ!!」
………………負けた。
完膚なきまでに。
わたしは半泣きしながら、声を張り上げたのだった。




