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28 いらない感情

◆◆◆


 ――へイリーさんと、わたしがお茶を飲む間だけ、サイリ君は世間話のように、さらっと自分のことを話してくれた。


 サイリ君は、物心つく前に、ルーファス家に引き取られて養子になったらしい。

 丁度、その頃、流行り病で亡くなった次男の身代わりに引き取られたそうだ。

 義母は元々、女の子を授かりたかったらしく、サイリと名付けた次男を、女の子のように溺愛していた。

 それは、身代わりになったサイリ君も同じで、思春期を迎えるまで、女の子の人形のように育てられたらしい。

 一方で、義父は農家の卑しい生まれの子として、常にサイリ君を見下し続けた……そうだ。

 表向きは、仲の良い家族。

 でも、家の中は、魔窟だった。

 ほんの少し、手抜かりがあれば、義母には泣かれてしまい、義父からは、気を失うまで殴られてしまう。

 けれど、彼らの望みに従って、周囲から持て囃されると、言葉だけは誉められた。

 子供だったサイリ君は、その飴と鞭に翻弄されて、すべて義理の両親の言う通りにしていればいいのだと、洗脳されていったそうだ。

 王女さまとの婚約も、義父が望んだもので、サイリ君の意思ではなかった……とか。


『そういうものだと、思っていたんです』


 サイリ君は、淡々としていた。

 当時の自分を俯瞰できるくらい、何度も自問自答したに違いない。


『けれど、どうしても自分が家族を持つということが想像できなくて……。


 ルファス家の人間とも王女さまとも、誰とも知り合いに会いたくなくて、軍に入隊したんです』

 そして、命懸けの日々に、彼の洗脳は解けていき……。

 やがて、自己中心的(オレサマ)になってしまった。


『嫌なものは、嫌だと思うようになりました。どうしても、妥協しなければならなくても、妥協なんて出来やしないことに気付いたんです。ワガママ、傲慢、子供? 結構じゃないですか? 死ななくていい人が死んでいくのを戦場で見て来たんです。一度しかない人生なら、僕は好きなようにやってから、死にますよ』


 勇ましい、格好良い言葉を吐いているけど……。


(でもね……)


 社会で生きていくには、協調性は必要でしょう。

 特に、年寄りは労わらなくてはならない対象じゃない?


(………何で、わたしを巻き込むわけ?)


◇◇◇


「あのねえ、サイリ君。永遠なんてものはないのよ。この忘れ薬を使ったところで、たった三時間。すべてを忘れるわけでもないから、また追手は来るのよ。意味ないでしょ?」

「別に、三時間で構いませんよ。その間に、ネムちゃんに飛んでもらって、雪山にでも打ち捨ててくれば……」

「ま、待って。やめて。二人共、死んじゃうわよ」

「ええ。ちょっと、言ってみただけですって」


 危ない。

 洒落にならない。

 彼の目は、本気だったような気がする。


「でも、出来る限り、遠いところに連れて行って、彼らがまたここに来るまでに、対策を練ることはできます。ネムちゃんのご飯の時にでも、何処か遠いところに転移させてくれたら、そのまま置いて来られるんですけどね」

「ネムちゃんは、自分で食べたい物を見つけて、狩りに出るから、場所の指定はできないわよ。大体、近場だし」

「……だったら、何処か温かいところに別荘でも作って、みんなで引っ越しを」

「何言っているの。高齢のネムちゃんには、耐えられないわ」

「…………しかし」

「だからね、サイリ君。こんなことしたって、君が……」

「………………ミレーナさん、あとで何でも聞きますから。お願いします。今だけ、その薬を僕に貸してくれませんか」


 ――まったく。

 嫌な予感は、濃厚にしていたのだ。


(わたしだって、分かっていたのよ)


 サイリ君が、わたしの作る薬に、瞳をきらきらさせる理由。


(こういう時に使えるんじゃないかと、君、ずっと考えていたんでしょう?)


 本当は自分で作りたかったでしょうに、でも、わたしが母からもらった手順書が汚い字で読めなかったから……。


「本当に、仕方のない子ね。君は……」

「お怒りでも、説教でもなんでも聞きますよ。何だかんだで、貴方はお人好しですから」

「よく言うわよ」


 はあ……と、重々しい溜息を地面に落として、わたしは嫌々、ポケットの中から、ガラス製のアトマイザーを引きずり出した。


「そろそろ、雪が降る頃でしょうから、朝から晩まで、雪かきとの戦いに明け暮れてもらおうかしら」

「望むところです」


 そう言って、サイリ君は早足でわたしの方に近づいてくる。

 相変わらず、前髪は長いけれど、それでも、隙間から覗く氷青の瞳はこの世に二つとない宝石のような煌めきを放っていた。

 彼の真っ直ぐな瞳に、自分を収めたいと思ってしまうのは、仕方のないことかもしれない。

 惜しいのは、そんな自分の魅力をサイリ君自身が分かっていないということだ。


(わたし、王女さまもね、純粋に君のことが好きなんだって思うのよ)


 通常、人には懐かない孤高の黒猫が、自分だけに心を開いてくれているような優越感。

 それを、今、わたしは享受している。

 ………………けど。


(この感情は、わたしには、いらないものなのだわ)


「ミレーナさん」


 わたしに向かって、恭しく手を差し伸べて来る彼に……。


「……ごめんね。サイリ君」


 わたしは、アトマイザーを彼の方に向け、中身の液体を散布したのだった。

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