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27 持っているんでしょう?

◇◇◇


「な、何だ。獣の咆哮が?」

「幻獣か? そんな話、聞いて……」


 わたしのように、毎日のように免疫があっても、引っくり返りそうになるのだから、初めて体験する人は、どんなに平衡感覚が優れた人でも、上下にゆさゆさ揺さぶられてしまうのは、仕方のないことだろう。


(サイリのヤツ……。さては、ネムちゃんに、良からぬことを教え込んだわね?)


 ネムちゃんは、いつも通り、小屋の中だ。


(呼べば、返事だけするという芸でも仕込んだのかしら?)


 しかし、遊びのつもりでも、初心者は大混乱だ。

 ネムちゃんが姿を見せずとも、いや、姿が見えないからこそ、イーヴンもフレッドも激しく動揺していた。

 そして、数秒の間隙は、サイリ君にとっては、またとない好機だったのだ。 


「悪いけど、僕は一人じゃないんだ」


 ぐるんぐるんに、巻きついていた光の輪は、サイリ君の酷薄な笑みによって、ぱりんと割れて粉々になった。

 直後、吹いていた寒風を自分の手元に集めて、ぐるぐるっと捏ねて、イーヴンとフレッドの元に投げつけた。


「僕は、今の生活が気に入ってるんだよ。邪魔しないでくれ」

「それ……は、傲慢ですって!」


 大男が怒声を張り上げたものの……。


「何とでも言えばいい。僕は僕の道を行く。邪魔する者は排除するだけだ」

 

 二人は悲鳴を上げる間もなく、即席の竜巻に巻きこまれて、空中で激しく回転しているうちに、ほぼ同時に意識を失ってしまった。


「……なんとまあ」


 月並みの感想だけど……。


(えげつない)


 ただ帰りたくないという、個人的な我儘のために、王が動いて、軍人がお迎えにやってきて、それを返り討ちにして、気絶までさせてしまうんだから……。


(排除するって……何よ? いや、軍人とはいえ、彼らはただの雇われ労働者じゃない? 労働時間内に何かあったら、保証はあるわけ?)


 ローランシア国民なら怒ってもいい、不毛な諍いだ。


「あっ、ミレーナさん。すいません。ちょっと手間取ってしまって」

「……この有様で、手間取る?」 

「手間取りましたよ。穏便にやろうと思ったんで……」


 何、それ? 怖い。

 

(……穏便でないやつって、どんなの?)


 内心、暴風雨が吹き荒れていても、小心者のわたしは、何も言えなくなってしまった。


(ああ、おかしな男に騙されて、散財させらてしまう、女の子の気持ちが分かるような……。この歳になって、まさかの初感覚よ)


 あらゆる感情が、それこそ先程の竜巻のように混じり合って、最初にわたしが発した言葉は、これだった。


「…………で、どっちがイーヴンで、フレッドなのかしら?」

「はっ?」


 サイリ君の足元に転がっている彼らに、視線を向けて、彼に答えを促す。


「………………ああ」


 当然、違う言葉を期待していたらしい、彼は一瞬呆けてから、懇切丁寧に教えてくれた。


「じゃっ、ちょっとでいいので見てやって下さい。こちら右手の、少ない毛量を気にしている繊細な性格の大男がイーヴンで、こちら左手の筋肉を鍛えることで、自分を強く見せたいと思っている可哀想な小柄な男がフレッドです」

「まあ……。いらぬ情報まで、詳しく教えてくれて」

「以前は、僕の部下でしたからね、よく覚えているんです。いらぬ情報ばかり……。忘れてください」

「いや……。忘れたくても、忘れられそうもない……かな?」


 ああ、確かにイーヴンの金髪は、さらさらで綺麗だけど、頭頂部は残念な形になりつつあって、フレッドの軍服のボタンは、筋肉隆々で今にもはち切れそうだった。


「前途洋々の若者たちが、こんな無残な形で……」

「語弊があります。ちゃんと、生きていますからね」


 ほうっと、冷たい息を吐いて、サイリ君は自分の外套についた埃を払っていた。

 彼にとっては、慣れた空気だったのかもしれない。

 落ち着いている。

 激しく動揺しているのは、わたしだけだ。


「それで、サイリ君。この後、どうするのかな? 僕にまかせて欲しいって、君は言ったけど……。ネムちゃんまで巻き込んで……。おばあちゃん、頭真っ白よ」


 本当に、また白髪が増えそうだ。


(今日だって、髪を結うと目立つような気がして、髪を下ろしているのよ)


 そのうち、白くなるだけでなく、イーヴンのように、髪自体が消えてしまうかもしれない。


「大丈夫ですよ」


 彼の楽観的な言葉は、何の根拠もない時もあるから要注意だ。

 今回ばかりは、わたしも軽く反論したくなってしまう。


「だって、眠ってもらっただけじゃ、何の解決にもならないでしょう。また彼らが目を覚ましたら、戦いの火蓋が切られてしまうんじゃないの?」


「火蓋は切られませんよ。ミレーナさん、貴方だって、分かっているくせに」

「…………何を?」


 すっとぼけて聞き返したら、サイリ君は、わたしのモコモコの外套のポケットを指差したのだった。


「持って来ているんでしょう。忘れ薬」

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