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26 謎の決戦始まる

◇◇◇


 ヘイリーさんは、心優しく、正直な人だ。

 わたしが適当に誤魔化しておいて欲しいと話していたことを、覚えていてくれて、ちゃんと、追手の二人組にも接してくれた。


 ――そう。


 彼女は「心優しい、正直な人」。


 ――嘘が下手なのだ。


 そんな彼女が、現役の軍人二人を相手に、サイリ君を上手に隠すなんてこと、出来るはずがない。

 そのことに、わたしも気づいてはいたけれど、当のサイリ君が真っ先に分からないはずがないのだ。


(きっと、想定より早めに来るわよね)


 睡魔に襲われてしまったヘイリーさんには早々と家に戻ってもらった。

 サイリ君は「全部、僕に任せてください」とだけ言って、口をつぐんでしまった。

 そのあとの彼は、顔だけ良い置物のようだった。


(もはや、サイリ君に何を伝えたところで、間に合わないものね)


 わたしも無駄な労力は使いたくない。

 相手は現役の軍人。

 この村に辿り着かれてしまった時点で、わたしも終わったのだ。


(もう、サイリ君に交渉はまかせるしか……)


 ……案の定。

 ヘイリーさんが帰宅して、三十分もしないうちに、サイリ君は軍服姿の追手と、我が家の軒先で対峙していた。


「ふーん。君たちが、僕の追手とはね。イーヴン、フレッド」


 しかも、三人知り合いらしい。


「はっ! 我らは志願して、大佐殿の探索命令を受けた次第です」

 

 どうやら、サイリ君の元部下のようだ。

 大柄な男と小柄な優男二人が同時に、声を合わせて告げる。

 彼らは一切無駄のない、流れるような動きで、敬礼した。

 二人は真っ黒な軍服姿に、軍帽をかぶっていて、サイリ君もまた面接の時に身につけていた一張羅の外套を羽織っているので、三人共、死神のようだった。


(何とも彩りのない、寒々しい世界だわ)


 冷たい風が丘を駆けて、彼らの外装の裾を捲りあげている。

 重苦しい沈黙が、決戦前夜のような静けさを醸し出していた。


(分からないわ。どっちが、イーヴンで、フレッドなのかしら?)


 サイリ君の背中が邪魔で、わたしは彼らの顔を拝むことができない。

 美形?

 それとも、無骨な軍人系?

 家の中で、扉の隙間から、その様を見守っていた、わたしはハラハラしながら、ろくでもないことを考えていた。

 人間は緊張感が上限まで達すると、どうでもいいことを考えるらしい。

 瞬きしないで眺めていたら、目が痛くなってきてしまった。

 少し休憩……と、姿勢を崩しかけた、その時だった。


「志願……ね。大方、許可を出したのは、クラーク大将あたりだろうけど……。駄目じゃないか。機密情報を部外者に漏らしたら……」

「大佐殿。ともかく、一度、王都に戻りませんか? 我々は、ここに貴方が逃亡していたことは、誰にも言っていません。半年間、療養していたとか……。今なら、間に合います。いくらだって言い訳が作れるんです。王女さまだって、貴方のことを、お待ちしているのですよ」


(可哀想に……)


 一方的に、婚約破棄されてしまった王女さま。


(待ってくれているなんて、健気じゃないの)


 みんなに、愛されているサイリ君だ。

 イーヴンとフレッドという、部下らしき軍人さんだって、彼を慕っているように、わたしには見える。

 ……それでも。

 サイリ君は、全然嬉しそうではなくて、渋面のままなのだ。


「王女さまには、ちゃんと話をした。軍にも辞職の意思を伝えたんだ。……もう、僕のことは放っておいてくれないか……と、君たちに言ったところで、意味もないのかもしれないけど?」

「我々は、いかなる手段を使っても、貴方を王都にお連れしろと……命令を受けております」

「じゃあ、何? お前たちは、僕を叩きのめすつもりでやって来たのか?」

「手荒な真似はしたくありませんが、しかし……」

「嘗められたものだな。僕も」

「貴方の実力は重々承知していますが、我らは二人。貴方よりも、経験も上。負ける気はしませんよ」

「………………やってみろよ」


 サイリ君の鋭い声は、殺気に満ちていた。

 

「はっ?」


 何してくれるわけ?


(交渉決裂、早すぎっ!?)


 まさかの宣戦布告。

 しかも、勝手に人の家の真ん前で……。


(サイリ君、お行儀も悪いし、言葉遣いも悪いし)


 ああ、これでお互い擽り合って笑った方が負け……とか、平和的な勝負をしてくれたら、いいのだけど……。


(どうする? どうしましょう?)


 わたしが迷っている間に、イーヴンとフレッドが二人がかりで、呪文を詠唱。


(小声だから、何言っているか分からないんだけど……)


 本業は失敗するはずもなく……。

 当然、それは成功。

 サイリ君の足元に、突然、光の輪が現れると、それは形を変えて、鞭のようにしなって伸びて、彼の華奢何足に絡みついた。


(うわっ。これって、身体を拘束する魔法?)


 これは、まずい。


(攻撃魔法が発動するところなんて、わたし、初めて目にしたわよ)


 しかも、息巻いた割には、あっけなく捕まっているんですけど。サイリ君。


(やめて……って。そういう趣旨の物語じゃないのよ。わたしの人生は!)


 ……でも。

 このまま、見捨てるわけにもいかない。

 だって、そこは、私の家の敷地なのだから……。


(出て行く?)


 わたしが行ったところで、何の解決にもならないけど、それでも、勝手な魔法戦をやめさせることは出来るはずだ。


(ほら、二対一なんて、卑怯じゃない?)


 ―――よしっ。


「サイリ君!」

 

 ……と、わたしは呼びかけながら、重い腰を上げて、玄関の外に飛び出して行った。

 しかし、次の瞬間。

 まるで、わたしが出て来るのを見計らったように「ネムちゃん!!」と、サイリ君が声を上げたのだった。


「え、何? 一体、何を?」


 そして、それに応えた雄叫びが……。


「わぉぉぉん!!」


 激しく、地面を揺らしたのだった。

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