表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/33

25 家族を作れない理由

 ヘイリーさんがわたしの腕に、優しく手を置いて、無言で慰めてくれている。

 そりゃあ、追手さんだって必死になって、サイリ君を捜すでしょう。


(よりにもよって、王女さまよ)

 

 この国で誰もが知っている有名人じゃないの。

 それを袖にしたって言うのなら、どれだけお高く止まった男だろうって、わたしだって一目見てみたくなってしまうわよ。

 

「ともかく!」


 わたしの冷眼を、ひしひしと背中で感じているのだろう。

 彼は、声を上擦らせて宣言した。


「僕は婚約なんてしていませんよ。そうなる前に断っていますって」

「「ふーん」」


 この辺りは、わたしもヘイリーさんも容赦ない。

 断って、円満解決しているのに、王女が追手をかけるはずがないからだ。


「じゃあ、どうして、こんな辺境の寒い土地まで、追手の方が血眼になって君を探しに来るわけ?」

「だから、話したはずです。王女さまにも、きちんと会って無理だと伝えて、軍に辞表だって書いて出してきました。実家にも絶縁状を置いてきました。だから、大丈夫だって思ったんです。でも、僕がいなくなることを……王女さまは、良しとしていないのでしょうね」

「…………はあ…………。何の解決もしていないじゃないの。モテる男は、何たらってやつ?」


 緊迫の場にそぐわない、笑いを含んだ声で、ヘイリーさんが言った。

 わたしは、聞き分けのない子供を諭すように、お母さんの顔で一言。


「諦めなさい。相手は国家そのものなんだから」


 ぴしゃりと告げた。

 それに対する息子の答えは……。


 バンッ!!


 淹れたての香茶をばんと、音を立てて長机に置くことだった。


(反抗期のお坊ちゃまかしら? 荒っぽいわね)


 ……そういうところが、まだまだ歳の割に、子供なのよ。


「他人事だと思って……言いたい放題」

「だって、さっき、君が言ったのよ。「ミレーナさんと僕は親子じゃない」って」

「揚げ足、取らないでくれます?」

「まあまあ。サイリ君だっけ」


 ヘイリーさんがお茶を飲んでから、気怠い口調で言った。


「ちょっとさあ、君、結婚してみたらいいんじゃない。ごめんなさいって謝ってね。惚れた弱みで、王女さまも許してくれるわよ。だって、この国で三番目に偉い人なんだから。しかも、美人だって話だしね。わたし時代の結婚なんて、相手の顔を知らずに嫁ぐなんて、当たり前だったんだから。ほら、わたしだって、旦那のことをよく知らずに嫁いで、今、このザマ……」

「やめてね。ヘイリーさん、それ逆効果だから」


 わたしが咳払いすると、「ああ、そうだったわ」と肩をすくめて、ヘイリーさんは、へらっと笑った。


「……ま、ともかく、こんな好条件、他にないわよ」


 それこそ、他人事の言い分だったが、結局、それが正しいのだ。


(確かに、庶民にとっては、羨ましい話だものねえ)


 王女さまは、一人娘。

 弟の王太子さまがいらっしゃるけど、まだ幼い。

 今の時点で、王位継承権が二位なのだから、もしかしたら、女王として即位する可能性だってあるのだ。


(それこそ、ありえない大出世よね)


 サイリ君の逃亡劇は、わがまま、自分勝手と非難されても仕方ない暴挙だろう。


(それに巻き込まれている、わたしが痛いわよ)


「ねえ、サイリ君。君だって二十六歳でしょ。結婚して子供がいてもおかしくない年齢じゃないの? 逃げていても、ロクなことはないわ」


「じゃあ、訊きますけど、ミレーナさん。貴方が僕の立場だったら、好きでもなんでもない相手と結婚できますか?」 

「…………何で、わたし?」 

「僕には出来ません。王女さまは、いい人です。だからこそ、僕には絶対に無理なんです」

「いい人なら、むしろ……」


 ヘイリーさんは、すでにもうこの話に飽きたのか、お茶請けに出していたビスケットを齧っていた。


(これは、もう食べて眠くなって、受け答え不能になる感じね)


 ヘイリーさんはもう駄目だ。


(わたしがしっかりしなければ……)


 それなのに、サイリ君は苛立ちを隠すことなく、足を組んで、わたし達の前にどんと座ったのだった。


「落ち着こうか。息子よ」

「それ、もう笑えないんで」   

「笑えないのは、わたしの方よ。追手はもう近くまで来ているのよ」


 わたしは、温くなったお茶を一気飲みして、どんと音を立てて机の上に置いた。


「そうですね」


 サイリ君は、涼しい顔で頷く。

 当事者なのに、他人事のように冷めているのは、彼の方だ。


「あと小一時間もしたら、ここを突き止めるでしょうね」

「だったら!」

「ミレーナさんには、言ってなかったと思いますけどね。…………僕、養子なんですよ」

「はっ?」

「伯爵の実子ではないんです。このことは、王女との婚約を切望した伯爵……義父によって、極秘中の極秘扱いになってしまいましたが、僕の実の親は、小作人。農民です。当時、ルファス家の次男が流行り病で亡くなったので、その代わりにされたんです。農家の倅にしては、頭の出来が良かったんでね。僕も学ぶことが楽しくて、調子に乗って、飛び級なんてしてしまったものだから、周囲から天才と持て囃されて……」

「……はあ。もはや、壮大な自伝の域ね。書いてみたら、売れるかも?」

「貴方らしいというか、軽く言いますよね」

「だって……」


(君が農民出身だなんて、信じられないもの)


 サイリ君の一つ一つの所作は優雅で、笑顔は柔らかく、気品に溢れている。

 伯爵家の出身なら、当然だと思っていたのだが……。


(しかも、そこから王様の一人娘の婿にと請われているのだから、みんなが大好き、波乱万丈の逆転物語じゃないの?)


 実に羨ましい 夢のある物語。

 ……けど。 

 サイリ君は、乾いた笑みを浮かべたままだった。


「軍の激戦地も、地獄絵図でしたが、あそこは、それより怨念の深い()()()()()でしたよ」

「……そう」


 今のサイリ君の告白で、わたしも確信した。

 彼は自分の主観で、相手のことを虐げてしまう人間を激しく嫌悪していた。

 恋愛のことは、興味がないとそっぽを向きながら、他人に価値観を洗脳されてしまう人に本気で同情していた。

 彼が「誰かと家族になること」を、死ぬ気で拒むのは、そういう環境下で、彼自身が生きてきたということなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ