21 騎獣
◇◇◇
なだらかな丘の上の一軒家がわたしの家だ。
見晴らしは良いので、晴れた日は賑やかな街と遠くの山々を見渡すことができるし、星も綺麗で、空気も美味しい。
夏の間は、虫が大量発生して、それほど涼しいとも感じないけれど……。
でも、間違いなく、冬は寒い。
凍った風が、高台に直撃してくるのだ。
風が痛くて、肌も荒れるし、心も辛い。
今日は、冬晴れの麗らかな陽気だって、サイリ君は笑っていたけれど……。
いやいやいや……。
(こんな日はね、家にこもっているべきなのよ)
暖炉に火を入れて、ネムちゃんに包まって、温かいコーヒーを飲んで寝るのが一番。
(人間にも冬眠が必要なのよ)
今の王様は仕事ができると評判なのだから、そういう法律の一つでも施行してくれないだろうか?
……などと。
精神世界で散々、悪態をついているのに、現実世界のわたしは、吹きさらしの庭のど真ん中で、分厚い毛布のようなチェック柄の外套と手袋を身につけて、必死の形相で、ネムちゃんに跨ろうとしている。
(なぜ、こんなことになったのかしら?)
「……うーん。あと、もう少しだと思うんですけどね?」
間延びした声で、腕組みしながら、滑稽な姿のわたしを見守っているのは、魔王のような教官・見た目も闇のような黒一色のサイリ君だ。
朝、ばったり、食堂で顔を合わせてしまったのがまずかったのだろう。
連日の寒さで、ネムちゃんの食も細くなり、仕事が減った彼は、無駄に意欲旺盛だったのだ。
(わたしね、いつも、思うんだけど、サイリ君の物騒な行動力は、若さゆえではないのよ)
そうだ。
自ら忙しくするのは、彼の趣味なのだ。
――騎獣、再挑戦してみたいって言ってましたよね?
あれは、最高におぞましい笑みだった。
「騎獣」というのは、幻獣の背中に乗って、地上を駆けたり、空を飛んだりすることで……。
そういう使い方をすることは、わたしだって知っていたし、何度か練習したこともあったけど、跨るより先に転んでばかりいたので、自分には無理だと、潔く諦めたのだ。
(ほら、ネムちゃんの翼って小さいから、元々、飛ぶこと自体があまり出来ない子なんじゃないかしらね)
……でも。
そうじゃなかった。
『やり方さえ知っていれば、双方便利ですから』
先日、サイリ君は、突如そう言い放ち、手本と称して、わたしが止める間もなく、ネムちゃんの背にまたがり、飛んでしまったのだ。
誰が見ているか分からないので、恐る恐るだったけど、それでも小一時間は浮遊していただろう。
(…………知らなかったわよ)
――ネムちゃんは、ちゃんと飛べたのだ。
申し訳程度についていた白い翼は、広げると巨体を包めるほど大きくて、本来のネムちゃんは、長時間飛行できる型なのだということを、今になって思い知らされた。
わたしだって、当然
『高齢の幻獣だから、お手柔らかにしてよ』
……と、釘を刺したけど、でも、ネムちゃんは楽しそうだった。
だから……。
(わたし、機会があったら、再挑戦してみたいって、あの時は本気で、サイリ君に宣言したのよ)
珍しく、闘志を滾らせて……。
けど……ね……。
「待って。何も、こんな寒々しい日に、練習しなくったっていいわよね?」
びゅぉって、音を立てて、木枯らしが吹いている。
わたしの……ただでさえ、乾燥してぱさぱさの髪は逆立って、髪型を失っていた。
「とりあえず、また今度にしない?」
同情を誘うよう、涙目で見つめてみた。
……しかし。
「始めて、まだ五分ですよ」
「どこで、時間を計ってるのよ?」
「もちろん。頭の中で」
ああ、分かってはいたけど、彼にはまったく効かなかった。
むしろ、逆効果だった。




