15 お給料
「………ああ、だから、君はわたしを否定しないのね」
「えっ? 自分で言うのも何ですけど、最近、食事と運動不足については結構……」
「違う、違う。それは生活習慣。わたしが言っているのは、人格のことよ」
「逆に、誰が批判するんです?」
「まあ、長く引きこもっているとね、世間一般の価値観とは、乖離していくものなのよ」
「僕は、まったく気になりませんけどね」
フードの隙間から垣間見える、氷青の瞳をぱちくりしながら、彼は立ち止まって、重くなってしまった買い物袋を抱え直した。
いっそのこと、魔法を使ってしまえば、楽に持ち運べるだろうに、街中で魔法を使いたくないという、彼のこだわりらしい。
しかも、目立ちたくないがために、外套のフードまでかぶっている。
徹底している。
超がつくほど、美形だということは、本人も自覚があるみたいだ。
(でも、やっぱり、変わっているわよね)
こんなに熱い男なのに、わたしの生き方を、否定しないのだから。
「だって、わたし、社会的には、ダメダメ人間よ。この八十年ちょっと、ネムちゃんの恩恵で生きているだけで、社会性がまるでない。しかも、ネムちゃんがいなくなった後のことなんて、何も考えてもいないわ」
「この子の世話ほど、大変なことはないじゃないですか? 今だって、小型化しくれていますけど、餌の時間でない時は、長時間その姿ではいてくれない。元の姿に戻ってしまう兆候を貴方が感知して、急いで場所を移しているじゃないですか」
「そう……だけど」
つい最近、街に連れ出したネムちゃんは、買い物途中に眠くなってしまったみたいで、人混みの中で、元の大型に戻ろうとしたので、わたしとサイリ君とで、人気の少ない場所に連れ出したのだ。
食事をするときは、人に合わせて、頑張って子犬型を維持しているネムちゃんだが、基本的に、子犬化するのは窮屈で嫌らしい。
(……かといって、留守番もできないのよね)
わたしの姿が一時間でも見えなくなると、ネムちゃんはぐずるのだ。
この子の見上げるほどの巨体と、鼓膜を突き破りそうな雄叫びを、事情を知らない人が知ってしまったら、それこそ、大問題になりそうだ。
「幻獣って、人が飼うには、結構手間のかかる生き物なんですよ。特に、百年近く、ネムちゃんは生きているのだから、年を取れば取るほど、子供返りして、大変なはずです。それでも、貴方はこの子を手放さず、家族として共存した」
「まあ、父に頼むって、遺言されたのもあるけど。でも、いつも、気が付くと、ネムちゃんが隣にいるのよ。飼い主の負の感情は食べてくれないのにね。悲しい時、静かに、寄り添ってくれるのよ」
「家族愛……ですね。ずっと、貴方はこの子と向き合ってきた。だから、貴方は何もせずに、ぼうっと生きてきたわけじゃないんですよ。そんな貴方の何を、誰が否定するんですか?」
さも当然のように言い切られて、わたしは子犬型に化けたネムちゃんをぎゅっと抱きしめた。
(このモテ男め。騙されないぞ)
何に騙されるのか分からないまま、潤んだ瞳を見られないよう、頭を横に振った。
話題を変えよう。
「ああ、そうだったわ」
わたしは器用にネムちゃんを抱っこしながら、肩掛け鞄の中から、無地の封筒を取りだした。
「じゃっ、はい。これ。受け取って」
サイリ君にぶっきらぼうに手渡したのは、お給料だ。
「これ、今月分ね。ところで、申し訳ないけど。忘れないうちに渡しておこうと思って」
「ま、待った! 待ってくださいよ。ミレーナさん」
封筒の中身をぱっと見しただけで、サイリ君が慌てて叫んだ。
「おかしいですよ。給料、銀貨一枚、多いじゃないですか?」
「あっ、バレた」
「バレバレですよ。重さが違います。返しますから」
「重さって……? ああ、もう、いいのよ。わたしの気持ちよ。おかげさまで、綺麗さっぱり、虫もいなくなったし。最近、仕事の延長みたいな感じで、色々、付き合わせちゃってるでしょ。お金が手元にない時は、あげられないから、それで、美味しいものでも食べて。ね?」
「なんか、そういうところ、年寄りっぽいんですけど」
「仕方ないでしょ。年寄りなんだから」
よいしょっ……と、掛け声と共に、ネムちゃんを抱えているのだから、傍から見たら、サイリ君とわたしは、親子みたいよね?
一応、わたしも、ネムちゃんのおかげで、若くは見えているみたいだから、姉弟くらいには見てもらえるかしら?
そうだったら、ちょっと嬉しいかも……。
わたしの暢気なにやけ顔を横目でうかがいながら、サイリ君が溜息を吐いた。
「しかし……。ミレーナさん。ずっと家にいるのに、一体、何処でこんな大金を手に入れているんですか?」
「ふふふ。どこだと思う?」
「偽金貨ってわけでもないですし」
「失敬な。何でそうなるのよ?」
「まさか……と思いますけど、ネムちゃんの食事時に、人の財布とか盗んでいませんよね?」
「それ、本気で疑ってる?」
「本気では……ない……ですけど。冗談?」
「笑えないから、やめて」
お金の出どころは単純で、ただネムちゃんの体毛が魔除けとして、良い値で買ってもらえるだけなんだけどね。
今日だって、サイリ君に、食料品を買ってもらっている隙に、取っておいたネムちゃんの毛を希少品取扱い店で、引きかえてきたのだ。
(彼のことは信用しているけど、やっぱり、そこまで教えちゃうのは……さすがにね)
まあ、サイリ君のことだから、しばらく我が家に滞在していれば、自力で気づいてしまうかもしれないけど……。
でも……。
――そこまで、わたしのところで、彼が仕事をしてくれるのだろうか?
(サイリ君が穏やかな生活を望んでいたとしても、国が放っておかない可能性もあるんじゃないの?)
そして、わたしの懸念は、時を置かず、現実のものとなったのだ。




