14 自分の中の物差し
◇◇◇
わたしは最初、サイリ君は、何でもできてしまう「魔法使い」で、自分が出来ないことがない分、他人には厳しいのではないかと、怖れていた。
――でも。
実際、雇用関係になって三カ月、共に過ごしてみると、サイリ君という青年の本当の部分が見えてしまう。
そう……。
――彼は。
「許せませんね。何なんですか? 世の中、最低な野郎ばかりで腹が立ちます。いっそ、呪われたらいいのに。できることなら、僕が呪ってやりたいですよ。洗脳して相手が離れられなくなってから捨てるなんて、最低だ」
――とんでもなく、情熱的だった。
(うん、分かるよ)
サイリ君をネムちゃんの食事場所に連れていった初めての日……。
わたしがお姉さんの話を聞いている時、彼は困惑しながら遠巻きに眺めていた。
てっきり、天才型の彼は、恋愛だけでなく、人の感情に共感できないからだと思っていたのだけど……。
結論=まったく、違っていたらしい。
人の気持ちを知ってしまえば、感情移入してしまう。
だから、サイリ君はあえて、話を聞くことを避けていたのだ。
(……でも、避けていても、わたしに同行していれば、聞こえちゃうしねえ)
サイリ君は、ネムちゃんのご飯ついて、大変興味があるらしく、食事場所には必ずついて来た。
そして、否応なく、失意のどん底の人の声を耳にしてしまう。
最近、酷い失恋と裏切りの話が続き、その叫びを、しっかり立ち聞きしてしまったサイリ君は、大層、おかんむりになってしまった。
「まあまあ、サイリ君。ネムちゃんが食べてくれたからね、みんな、少しは救われたわよ」
「一時的ですけどね」
「君、意外に、悲観的なのね?」
「どうせ、また何食わぬ顔をして、最低男共は彼女たちの前に現れますよ。自分のことは棚に上げて、散々、責めて、詰り、自己肯定感を奪った上に、二度と離れないようにして、支配するんです」
「やけに具体的ね?」
「そういう話、よく聞きますから」
サイリ君は、きつく拳を握りしめていた。
(なんか……。彼自身の良くない思い出も、刺激してしまったのかしら?)
彼は経歴書に書いていない内容に関しては、一切、喋らない。
この若さで、激戦地に魔法軍の指揮官として身を置いていたのだから、随分、苦労もしたのだろう。
「昼に会った女性なんて、あんなに酷い仕打ちをうけているのに、まだ、男とヨリを戻したいなんて口にしていました。……正直、僕には信じられません」
色恋沙汰は苦手だと公言していたサイリ君が、ここまで、女性に共感して、激昂しているのは、恋愛感情に共感したからではない。
男性側が彼女たちの尊厳を傷つけていることが気に入らないのだ。
「自分の中の物差しで、人を否定する奴が、僕は嫌いなんですよ」
「……そうね。人間、視野が狭くなると、憶測で誰かを非難するものだからね」
わたしは、砂利道に伸びている自分の影を見下ろしながら、うなずいた。
世間からはみ出している人間は、多かれ、少なかれ、非難されるものだ。
――わたしも、ずっと、そうだった。
「僕、思うんです。真っ当に生きてきた人の生き方を、人格を否定する権利があるのは、その人とまったく同じ環境で、同じように育てられた人間でなければならないんじゃないかって。しょせん、相手のことは、分からないのですから。主観で軽々に、人格まで、決めつけてしまう浅はかさな人間は、相手の心を殺すんですよ」
「…………そう……ねえ」
「な、何ですか?」
「いや、軍にいた割に、正義感が強いんだなあ……と」
「……すいません。つい。僕なんかが言うのも違いますよね」
「あら、いいじゃない? わたしの前なんだし、好きに話せば」
つい、彼の眩しさに目を細めて、保護者のような笑顔を浮かべてしまった。
(必死になって、何かのために、怒ることのできる君の正義感が、わたしには輝いて見えるのよね)
澄まし顔で悟りを開いている青年なんかより、遥かに伸び代がある。
そうやって、人は成熟していくのだろう。
(……一体、わたしは、どこで諦めてしまったのかしらね?)




