13 忘れ薬
「大丈夫?」
「……あの、砂糖はないのでしょうか?」
「ある……けど?」
棚から、砂糖の入った瓶を取り出して、木製の匙をつけて、彼の前に置くと……。
一杯、二杯、三杯、四杯と、彼はがんがん大盛りで砂糖をコップに入れて、かき混ぜた。
「…………サイリ君?」
そして、ごくりと飲むと、満足げに「おいしい」と一息ついて、子供のような笑顔を作ったのだった。
どうやら、とんでもない甘党らしい。
「稀少な砂糖をすいません。今度、買って返しますので」
「別にいいけど。わたし、普段、砂糖はあまり使わないから」
「ええっ、こんな苦いのを毎日飲んでいて、胃は大丈夫なんですか?」
「……そうね。胃はもう……終わっているわね。ついでに、腸も終わりに近づいているけど……」
「だったら……?」
「わたしにとっちゃ、朝、うんと苦いコーヒーを飲んで、覚醒することの方が重要なのよ。ネムちゃんが待っているから」
「そこまで、朝、苦手なんですか?」
「ネムちゃんが呼ばなかったら、昼過ぎくらいまで寝ていられるわね」
「へえ」
……と、本当のことを話すと大抵、だらしないとか、いい身分だとか、社会不適合者だとか、様々に言われる。
歴代の使用人さんたちには、体調が悪いので、起きられないことがあると、言い訳していたのだが……。
サイリ君は、どうしてだろう。
無表情だ。
なんか勝手に納得したらしい。
「なるほど。……とすると、貴方を起こさないように、慎重にした方がいいですね。ネムちゃんの家の清掃が終わった報告も、午後にした方が良いかもしれませんね」
「え?」
「だって、これは仕事ですから。貴方にとって邪魔になってはいけません。最初に「面倒」とか、「億劫」とか、疑問に感じている点などは、大っぴらにしておかないと。時間が経つにつれて、言いにくくなるし、嫌気も差してきますからね」
「そう……ね。そうよね」
適切な距離感。
他人の生き方や癖には、口を挟まない。
あくまでも、仕事としての付き合い。
(すごいわね。根っから仕事ができる人なんだわ)
でも、多分、それだけではない。
彼自身が、そういうことに関して、干渉されたくない人なのだろう。
「ああ、そうだ。僕の方からも一つ。ネムちゃんで思い出したんですが、さっき、あの女性に振りかけていたのは、何だったんですか?」
「ああ、あれはね」
わたしはポケットの中から、香水瓶の中に入っている黄金色の液体を、サイリ君に見せた。
「忘れ薬よ」
「……は!?」
「普通、ネムちゃんが感情を食べると、わたしと話していた時の記憶は、おぼろげになるんだけど、まれに、はっきり覚えている人がいるのよね。幻獣に悩みを食べてもらうのって、爽快みたいでね。中毒性があるのよ。わたしも昔はそういうの知らなくて、不用心に、うちの近所の話なんかしちゃってね、それを手掛かりに追いかけてきた人がいて、あの時は怖かったわ……」
「はあ、そんな危険なことがあったんですか。……て。……いやいや」
深刻な表情で途中まで相打ちしていたサイリ君が、突然、目の色を変えた。
「待って下さい。ミレーナさん。そんな薬、どうやって手に入れたんですか?」
「作ったのよ」
「作る? まさか、自分で?」
「そうよ。生前、母は「黒の薬師」だったのよね。それで、道具はあるから、母のしていたことを思い出して適当に。……わたしは薬師でも何でもないから、三時間くらいの記憶しか消せないんだけどね」
「それ、適当に作れるものじゃないですよ。しかも、お母様が黒の薬師? 黒魔法に近い効能を持つ薬を調合できる絶滅寸前の職業じゃないですか?」
博学な人は説明がいらないので、助かる。
母が、普通の村の薬師ではなかったと、わたしが知ったのは、父が戦争に行く前だ。
それ以前の母の印象は、薬師の真似事を趣味でしている変わった人……だった。
「あくまで母が薬師だったって話よ。わたしじゃないもの」
「でも、貴方だって調合ができるんですから、凄いんですよ。忘却の魔法はないに等しいんです。それを薬にしてしまうなんて。純粋にすごいです。天才ですね」
まさか、天才に、天才と呼ばれてしまうとは……。
悪い気はしないけど、自己流の適当を誉められてしまうと、恐縮してしまう。
「……で? どうして、初対面の時、僕に使わなかったんですか? 明らかに、面倒そうだったのに」
「んー。あの時は、そんなこと思いつかなかったわよ。必死で」
……だって。
(相手は魔法学を勉強しまくっているエリート軍人だもの。怖い以外の感想なかったわよ……)
まあ、彼が来てくれて、結果的に良かったのかもしれない。
まだ分からないけど。
「ミレーナさん。僕、ここに来て良かったです」
「すぐに飽きると思うけどね」
コーヒーを一杯飲み干したところで、ネムちゃんのおねだり(叫び声)が聞こえた。
今日は一日、あの子のご飯を用意するのに、潰れるみたいだ。




