12 コーヒー
◇◇◇
「思ったんですけど、昨日もそれを食べていませんでしたっけ?」
「……え、見てたの?」
わたしが警戒心いっぱいに、眉を寄せると、サイリ君は慌てて、首を横に振った。
「不可抗力ですって。昨日、掃除が終わったって報告に行った時、貴方、パンを咥えながら、分かったって言っていたじゃないですか?」
「そうだっけ?」
「そんな、パンの切れ端で足りるのかなって? 疑問に思っていたんですよ」
台所の前の椅子に座って、買い置きしていたライ麦のバゲットの一欠片を頬張っているわたしを、サイリ君が心配そうに眺めていた。
「わたし、育ち盛りじゃないし。もう、百歳よ。朝ごはんなんて、お腹に何か入っていれば、それでいいのよ」
「よくありません。三食、栄養をしっかり摂らないと、体に力が入らなくなるんです」
そんなことを心配されたのは、両親が存命中の頃以来だ。
ある意味、新鮮かもしれない。
「そういう君の方こそ、何も食べてないんじゃない? 台所も使ってないみたいだし……」
「ああ、僕は、ほら」
……と、彼は何気なく言って、人差し指を、わたしの使用した空っぽの皿に向ける。
途端、流し台に飛んでいった皿は、猛烈な泡に揉まれて、自動的に水で洗い流されると、定位置と言わんばかりに、棚の中に収まってしまった。
――そうだった。
この人、凄腕の魔法使いだったんだ。
水滴一つなく、食器を片づけることくらい、楽勝というわけだ。
(なるほど。こんな簡単に魔法が使えちゃうのなら、お風呂場だって、お手洗いだって、綺麗に保てるわよね)
「こんな感じです」
「……いいもの見せてもらったわ」
「いや、別に芸でも何でもないですから。この程度の魔法。学校出ていれば、誰だって使えますよ」
……いいや。
そんなはずない。
否定しても、不毛なので、わたしはあえてしなかったけど。
今までの長い人生。わたしも何人か魔法使いと話す機会はあったけれど、彼らが出来ることと言えば、擦り傷を治すこと(重症は無理)と、箒で宙に浮くこと(空は飛べない)くらいだった。
(こんな人に、魔法で虫退治? 虫転移? ……をさせて、こんな何もない田舎に留まってもらうなんて、贅沢を通り越して、犯罪になるんじゃないかしら?)
しかし、当の本人は完璧主義が過ぎるのか、まだまだ自分に、物足りなさを感じているようだった。
「だから、その……。すいません。軍にいた時の習性で、日の出前に目が覚めてしまうんです。お腹がすくので、貴方の起床を待たずに、食事を頂いてしまっているんですよ」
「謝らなくていいわ。食事時間は自由って、取り決めたんだから、台所は好きに使ってくれて構わないわよ。……むしろ、君はわたしにとって「神」というか……」
「はっ?」
「朝早く起きることのできる人はね、わたしにとっては「神」。神格化される仕組みになっているのよ」
「だったら、この国の九割は神になりますね」
「……ええ。神人口が高くて困っているの」
食後のコーヒーを一口飲んでから、サイリ君の視線に気づいたわたしは、彼専用のカップに入れて出してあげた。
「コーヒーどうぞ。たまに街で豆を仕入れているの。濃い目だから、目が覚めるわ」
「いい香りですね。名前は聞いたことがありましたが、僕、飲むのは初めてなんです。ありがとうございます」
サイリ君は、礼儀正しく、ふーふーと覚ましてから、真っ黒の液体を口に含んだ。
――が。
「…………にがっ」
盛大に、むせた。




