11 ごちそうさまでした
「お姉さん、大丈夫?」
「…………放っておいてください」
うつむいているので、顔がよく見えないが、多分、美人だろう。
ネムちゃんは、面食いでもある。
「でも、こんな物騒な場所で女の人、一人でいるなんて、危ないわよ」
しかも、露出の多いサマードレス姿。
化粧も濃い目なので、夜のお店で働いている人ではないのか?
「いいんです。わたしなんて、もう、どうなったって……。ううっ」
「ああ、泣かないで」
せっかくの化粧が涙で流れてしまう。
自宅が近所なら良いのだが、距離があると、辛いだろう。
どうなったっていいと言う人の大半が、どうなっていいと思っていないから、落ち込むんだってことくらいは、わたしも知っている。
「何か悲しいこと、嫌なことがあったの?」
「その両方です」
「あー……」
結局、大泣きしてしまった。
(お化粧が落ちて、可愛い顔が真っ黒に……)
仕方ない。
少し時間がかかりそうだが、ギリギリまで付き合うか……。
あれだけ前のめりだった、サイリ君が遠巻きに、申し訳なさそうに、私達を窺っていた。
(こういうの、苦手そうだものね。彼……)
わたしも、人間は得意ではない。
でも、ネムちゃんの美味しい食事のためだ。
わたしは、とことん、彼女の悩みを聞いた。
愚痴や嫉妬、負の感情を、彼女が口から出す度に黒い靄が出る。
感情が可視化して見えるのは、万能なネムちゃんの計らいだ。
地面に落ちる寸前で、ネムちゃんは、それらをぱくりと口に入れて、美味しそうに咀嚼した。
……そして。
一時間ほど経った頃。
ネムちゃんが、負の感情をたんまり食べたせいもあって、落ち着いた彼女はこくり、こくり、舟を漕ぎはじめた。
深酒していたので、多分、目を覚ましたら、すべて忘れてしまっているだろうけど……。
でも、念のため、対策は必要だ。
わたしはワンピースのポケットに入れていた小さなアトマイザーを取り出すと、中の液体を、彼女の顔の近くで、散布して、その場を撤収したのだった。
「よし。行こっか。ネムちゃん」
「……終わったんですか?」
待ち構えていたサイリ君が、きょろきょろ四方を警戒しながら、わたしとネムちゃんの前にやって来た。
「うん。ごちそうさまよね。ネムちゃん」
「きゃん」
おお、甲高い鳴き声。
ネムちゃんの機嫌が良い時の特徴だ。
「良かった。美味しかったみたいね」
「なんか、違和感が……。人の想いが辛ければ辛いほど、美味しいってことですか?」
「うーん。そうともいえないけど、幸せな人より、辛い思いをしている人を選ぶわよね。特に、失恋系はネムちゃん、好きみたいだわ。さっきのお姉さんも、結婚寸前だった男性に振られて、勤めているバルでも、居場所がなくなって、もう消えたいって、あそこで泣いてたんだって……。ネムちゃんがしんどい感情を食べたから、少しは持ち直すと思うけど」
「そうだったんですか。……じゃあ」
(おや?)
サイリ君が、また何事か疑問を抱いたらしい。
昼下がり、人が多くなってきた、道端で挙手されてしまった。
「じゃあ、ミレーナさん。貴方もネムちゃんに食べてもらったりするんてすか?」
気になることは、それか……。
わたしは、ふるふる首を横に振った。
「ううん。わたしは、ないの。ネムちゃんは、身内のは食べないのよ。選り好みが激しくてね。何度か試したんだけどね。駄目だって。あ、もしかして、君は食べてもらいたかったクチ?」
てっきり、好奇心旺盛なサイリくんは、立候補でもしてくるだろうと思っていたのだけど。
「……いえいえ! そんな滅相もない。僕には何もありませんから。恋愛なんて苦手だし。人の感情なんて、さっぱり分からないので、食べても不味いですよ」
「そう」
サイリ君は、ネムちゃんのご飯の内容に関しては、興味がないようだった。
恋愛なんての「なんて」だけ、異様に語気が強かった。
「……それで、こんなことを、日に三回もするのですか?」
「ネムちゃんは、ムラ食いだから、食べない日もあるのよ。そういう日は、普通に過ごすわね」
「じゃあ、めちゃくちゃ食べる日は?」
「一日、潰れるわね。だから、転移したからってね、観光なんて出来ないわよ。ネムちゃんも高齢で、食べたら五分も経たずに帰って寝ちゃうから」
「…………ありえない」
ああ、またその一言とご縁ができた。
一仕事終えたとばかりに、伸びをしたら、お腹がぐうっと鳴った。
「あれ? ミレーナさん。朝食、まだだったんですか?」
わたしは、なぜか、サイリ君に食事の心配をされてしまったのだ。




