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10 ネムちゃんのご飯

◇◇◇


「ネムちゃんのご飯は、一日三回。ちょっと時間がかかるから、お腹が空いてそうだなって感じたら、ネムちゃんに確認するのよ」

「そうなんですね。勉強になります」

「別に、いいのよ。君はそんなこと知らなくても。ご飯はわたしの仕事。わたしが用意するから」

「しかし、万が一ということもありますから。食べるものがなかったら大変です。餌が何なのかくらいは、僕も知っておくべきかと……」

「そこまで言うのなら、まあ……。いいけど」


 別に、隠しているわけではないから、見学する分には構わないのだけど、わたしのすることなすことを、熱心に観察しているサイリ君が怖い。

 たいしたことをするでもないのに、記録まで取ろうとしているのだから、出来る子は違う。研究熱心だ。

 わたしは小屋で「うううーん」と鳴いているネムちゃんに、背伸びをして顔を寄せた。


「ネムちゃん、お腹空いているよね。今、ご飯を用意するから、お願い」


 ネムちゃんはローランシア語を話すことはないけど、長い付き合いだ。

 わたしの言いたいことはちゃんと把握している。


「おおおーん」


 昨日とは違う、ネムちゃんの甘い声。

 途端、小さな揺れがあって、地面が小刻みに揺れた。


「え、な、何だ。幻獣の能力……ですか? うわあ、これって、転移魔法じゃないですか!?」


 さすが、サイリ君。

 もう、ネムちゃんの能力に気付いたらしい。


「わたしもよく分からないんだけど、一時的に場所を移動することができるのよ。ローランシア国内限定だけどね。ネムちゃんの魔法なのかしらね? ネムちゃんが場所を選んで、運んでくれるのよ」


「場所?」

「ネムちゃんと波長が合った餌がいる場所ね。でも、転移できるからって、何処に行くか分からないから、虫を逃そうなんて発想にはならなかったわね。その点、君は……」

(ソレ)はどうでもいいんですが……」

「よくないわよ」

「そんなことより」

「………何?」

「ネムリアって肉食なんですか? 軍では、基本的に幻獣には草や花を餌に与えていたようですが、ネムちゃんは、ネムリアの中でも希少種なので、餌が違うのでしょうか?」

「ネムちゃんは肉は食べないわ。草食というわけでもないかな。たまに、食べることはあるけどね。一番の好物は「念」というか、「想念」とか「邪念」とかで……」

「ははあ……。なるほど。精神に作用する幻獣だから、食べ物も精神に由来するものなのですか?」

「古い話でね、わたしも、気がついたら、こんなふうに餌を取りに出ていたから、これでいいのか、本当はよく分からないんだけど……。ネムちゃんは、自分でご飯になる「念」を選ぶのよ。見ていれば分かるわ」

「ぜひ、見せて下さい」


 サイリ君は、興味津々だ。

 他のことなどどうでもいいというくらい、元気だった。

 子供のように全力疾走で、小屋の扉を開けていた。

 恐るべし。二十五歳。


(……て、アレは、年齢は関係ないわね)


 彼個人の体力がお化けなだけでしょう。


「ミレーナさん、霧が……」

「そうね。ここは何処かしら?」


 辺り一帯、真白くて、見えづらい。


(朝靄?)


 どこか都市部の路地裏ではないだろうか?

 小屋から出て、一歩外に出ると、もう、わたしの家は何処にもなくなっていた。

 足元は石畳で、整備されている。

 目を凝らして、周囲を確認してみると、橙色の屋根瓦で統一されていて、所々に花壇が配置されている。

 小綺麗な街並みをしていることは、分かったけど……。


(見たような、見たことがないような……?)


 毎日、いろんなところを転々としているので、場所が分かるようで、分からない。

 特定すること自体、面倒なのだ。

 我ながら、ものぐさだとは思っている。

 今更、変えるつもりもないけれど……。


「北東のマイレラの街……に似てますね。……だとしたら、ハーディン村から結構、離れていますけど、ちゃんと帰れるんですか?」

「その点は大丈夫。ネムちゃんも一緒にいるから。どこに転移しても、帰れるようになっているわ」

「………………え、ネムちゃん?」


 わたしの足元で、ちょこまかしている白い子犬を見下ろして、サイリ君が固まっていた。


「ありえない。この子、とことん万能なんですね」


 この三日で、十回以上は耳にしているサイリ君の感動の声だ。


(わたしにしてみれば、何でもこなしてしまう、サイリ君の方がありえない存在なのだけどね)


「あの、ミレーナさん。ここに至るまで、疑問に思う点が二十三点、あるんですけど、教えてもらってもいいですか?」

「二十……、え、数えたの? 待って。ネムちゃんもお腹空かせていることだし、まずは食事を提供してからにしましょう」

「ああ、そうでした。ネムちゃん、優先ですね」


 視界が悪いにも関わらず、脇目も振らずに、広場の石畳を駆けるネムちゃんの後に続いて、わたしは早足になった。

 最近、特にゆっくりとしか歩けなくなったネムちゃんが走っているのだから、よほど、お腹が空いているのだろう。


(早くご飯を用意してあげなきゃ……)


 しかし、わたしも高齢。走りたくはない。

 手足と腰を振りながら、最大限、早歩きで追いかけていたのだが、あっという間にサイリ君に抜かれていた。


「何、遊んでるんですか? 急いで!」

「ひどい。真面目に歩いてるんだけど……」

「早く」

「はい」


 結局、走った。

 もつれかかった足で。

 そして、路地裏の突き当りで、ネムちゃんがくるっとわたしの方を振り返ったのだった。

 店の階段の手すりに寄りかかって、頭を抱えている長髪の若い女性。

 ネムちゃんが標的にしているのは、多分彼女だ。


(やっぱり……女性。ネムちゃん、オスだから、若い女の人が好きなのよね)


 見た目から漂う、絶望感。

 ネムちゃんは、こういう人の感情を食べるのが好きなのだ。

 わたしは余所行きの作り笑いで、女性に近づいていった。

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