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地球の原材料  作者: 海那 白
地球
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僕が選んだ選択

 無理やりにでも絞り出しているかのような声だった。


「…ごめんなさい…」


驚いて顔を上げると、彼女の顔は赤く、頬は大粒の涙によって湿っていた。

 ひっく…ひっく…という嗚咽の音も、たまに混じって聞こえた。

 …もう、何であなたが泣いちゃっているんですかぁ。

 もらい泣きですか?まさか、もらい泣きなんですか?

 か細い声で彼女は続けた。


「本当に…本当に申し訳ないと思っております。特に星斗くん、あなたには。謝罪の言葉を何回述べたとしても、あなたはきっと、私のことを許してはくれないんでしょう。なので「許してほしい」とは言いません。…ただ私は、これだけはあなたに伝えたかったんです」


「…?」


「星斗くん。私はあなたに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだ」


 彼女は泣きはらしながらも、強い意志を持った目で、まっすぐに僕のことを見ていた。

 嘘だと思った。夢だと思った。幻覚・幻聴か何かのたぐいだと思った。

 でも、この胸の痛みが、苦しみが、現実だということを、いやというほどに知らしめてくる。

 僕はやっとの思いで、何とか口を開いた。


「…っなんでっ…なんでこのようなことをっ?」


 彼女は遠い目をして答えた。


「なんで…なんででしょうね…。三四二年もの間、ここのこの水晶の中で眠っていたから、そんなに昔のことはまだよく覚えていないんです」


 そう言いつつ彼女は、さっきまで自分が眠っていた大きな水晶をなでる。

 すると、なでたところがわずかに光っているのが見えた。


「…ただ、その時は、自分のことしか考えていなかったので…。ただただ自己中でわがままで、自分を中心に世界が回っているとさえ錯覚してしまっていたころなので…。他のことなんで考えている暇さえありませんでしたし、ましては考えようともしていませんでした。

 …だから、こんな無責任なわがままを言えてしまったんでしょうね」


 彼女は少しうつむいて、一呼吸おいてから、また言い始めた。


「…あと、その時きっと、人のことを〝大好きなお人形〟のように思っていたんだと思います。だから、独り占めできるお人形が欲しいとでも思っていたんでしょうね、きっと、人ばかりを側近にえらんでいたのも、そんな理由からなんだと思います」


 一度ぐすっ…という音をさせつつ、彼女は自分の手で静かに涙を拭きとった。


「今でも人は好きですが、前の様な願望があるわけではありません。あのような願望を持っていてもいいことは何一つないので、持っているだけ無駄です。

 私は以前、なんであのような感情を抱いてしまったのかはわかりませんし、あの頃の私を思い出すと、そのたびにイラついてばかりいつ様な状態です。

 なので、もうあのような感情にはなりませんし、あのような行動にも出ないようにすることを、ここに誓います」


 僕は少し、驚愕を覚えた。


「…なぜ…そん、な…今、さ…ら…」


「…なぜ…でしょうね…。きっと、前までの私は、自分以外に大切なモノなんて、自分以上に大切なモノなんて、なかったんだと思います。概念たちのことも「守れ」と言われたから守っているようなものでしたし。

 …だから、情と意識を共有して、情を通して、人たちのことを観察していると、初めて見る景色が広がっていたんです。家族や友人を、大切な人を失って泣きわめく人たち。大切な人のために、立ち向かっていく人たち。それを見て、私は驚きました。こんなにも、自分以外の人に感情を左右させられる人がいるんだということに。

 それと同時に、精霊使いや側近になってくださっている人に申し訳ない気持ちになったんです。この人たちにも、大切な人がいたのかもしれない、大切な人がこの人たちだという人がいたのかもしれない。これから大切な人に出会うのかもしれない。それなのに、私はそれらを阻止し、砕け散らせてしまったのかもしれない…と。

 だからもう、早く起きて、これを終わらせたかったんです。

 なので…本当にごめんなさい、星斗くん」


 反応に、困る。

 こんな時はきっと「そんなことないですよ」と言って慰めるべきところなんだろうけれど、心の中は怒りと憎しみでいっぱいだ。

 もっと、早く気づけよ、それぐらい…。

 内心、そう思った。

 だって、今目の前にいるのは、僕から水樹を、火菜さんを、風香さんを、花乃さんを、人遺産を、舞衣さんを、獣優さんを、音羽さんを、時和さんを、虫紬さんを、鳥利さんを、地菜さんを、霊子さんを、文子さんを、さっきまでいた全精霊使いを、奪い取っていった人。

 もっとも憎むべき人、

 …僕の、復讐対象。

 僕が真っ赤になった目で精華のことをにらむと、そんなものはお構いなしに、精華は言った。


「…あなたに、選択の余地をあたえます」


「…っ…」


 精華の言葉に、無意識にも僕の体がビクンッと反応してしまった。

 あまりにも、突然すぎる発表だった。


「二択です。今すぐに答えてください。でないと私が決めます」


 ゴクリ…と、僕の喉が鳴る。


「一つは、あなたの前日四日間のすべての記憶を消し、あなたには、その前に過ごしていた普通の生活に戻ることです」


 なんで…そんなことを…。


「ふ…二つ目、は…?」


「二つ目は、今ここであなたも死ぬことです」


「なんでそんなことを…しなくてはならないんですかっ?」


「あなたは、精霊使いになるべきではない人。…つまり、一般人です。だからこのような話は、一般人にするべきではないんです。…なのに、あなたは知ってしまった。なので、強制的にでも、忘れさせてもらう必要があります。

 ですが、みんな逝っちゃって、僕一人だけここにいるのは寂しい…や、みんながいない世界になんて、いる意味がない…と思っていたりするのならば、あなたも、この私が今すぐにでも極楽浄土へと連れて言って差し上げます。

 …あなたは、いかがなさいますか?」


 僕は、家には帰りたくなんかない。

 あんな親、僕は嫌いなんだ。

 息子のことを変なあだ名で呼んで、セクハラをしてくる嫌な親。

 まだこの年だから、親なしでは生きていけないと僕は思っていたから、仕方なく一緒に住まわせていただいていたんだけど。

 だとしても、嫌だ。

 僕はもう、あいつらには会いたくなんか、ない。

 僕も一緒に、死んでしまった方が幸せなのかもしてない。

 …そう、しよっかな…。

 精霊使いなったばかりのときにはそう思っちゃったぐらいなんだし…。

 〝だからさ、星斗。…生きてっ〟

 ふいに僕の頭の中に、そう言う声が聞こえた。

 ひどく、聞きなれた声だった。

 僕が好きな、声だった。

 …水樹。君は、僕が生きることを望んでいるのだろうか。

 僕は、水樹が立っていた方へと目を向ける。

 始まる前に、僕に微笑みかけてくれた水樹。

 冗談を言うと、軽くくすくすと笑う水樹。

 初対面の人が苦手で顔を赤くする水樹。

 全員同じ、水樹。

 〝どんな時でも、踏み出した先に光はあるから。生きていなきゃ、その光にはたどり着けないから。死んだら、すべてが終わりなんだから。

 …だから、何があってもあきらめないで、前を向いて歩き続けてよ、星斗〟

 本当にこの道の先に、光はあるのだろうか。

 分からない。僕にはまだ、分からない。

 …でも、水樹がそう言うのなら、そうしよう。

 それに、死のうと思えばいつでも死ねる。

 でも、死んでから生きようと思っても、生き返ることはできないんだ。

 僕は…生きよう。

 生きて、歩き続けよう。

 いつか、光へたどり着く、その日まで。


「…決まりましたか?」


 僕は、決意を込めたまなざしで、精華を見て、うなずく。


「はい」


「…どうすることに、したんですか?」


「僕は…僕は、生きます。生き続けますっ」


 もう僕は、迷わない。諦めない。

 …絶対に。

 進む道が、どんなに歩きにくい悪路でも、見晴らしが悪くても、霧がかかっていても、雨が降っていても、雪が降っていても、風が吹いていても、敵が行く手を憚ろうが、その先に道が続いている限り、僕は歩き続ける。

 これは、僕が今決めたことなんだ。

 僕が成すべきことなんだ。

 だってこれは、僕の、僕だけの、たった一本の道なのだから!


「分かりました」


 僕はほっと安堵の息をつく。


「…まあ、あなたならそうすると思っていました」


 おー。予想当たったじゃん。おめでとー。


「今から三分後の午後四時に、あなたは精霊使いの義務と権利を剥奪されます。それと同時に、あなたは自宅の自室へと転移され、あなたの脳内から前日四日間の記憶が消去されます。なお、この世にあなたの存在は復元され、周辺の人のあなたについての記憶も取りもどされます。ちなみに、この四日間であなたにかかわってきた人の記憶も、あなたについてのところだけ、消去されるので、ご安心ください」


「…そ、そうですか…」


 安心して、いいのかな…?

 あの四日間の記憶がなくなっちゃうのは、ちょっと嫌だなー…。


「ありがとうございます、星斗くん。あなたのおかげで、この世界の秩序は保たれ、ようやく正常な形を取り戻すことができました。心から感謝しております」


 そんな声が聞こえた方向に目を向けると、恥ずかしながらも微笑んでいる精華がいた。

 精華の笑顔を見たのは、これが初めてだった。



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