覚悟
何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。
なんだか、心と体が分離させられたような。そんな感覚。
手の動かし方も、足の動かし方も、呼吸の仕方も。どんな顔で、どんな体つきで、どんな服を着て、どんなことをしていたのか。
そんなこんなが、一瞬忘れた。
それでも、こうして思考することはできるのだから、すべての記憶を忘れてしまったわけではなく、断片的に忘れているだけなのだろう。
なんか…なんかなんか、少しでも思い出せるようなことはないか?なんでもいいからなんか…。
…そうだ。そういえばなんか、用事があった気がする。この後すぐの用事が。
気が付くとさっきまで真っ暗だった視界から、一つの小さな光が、夜空に輝く星のような光が見えてきた。
…そうだ。確かその用事って、西瓜内科っていうところに、今日の午後一時に集合してなんかやるんだった気がするっ。
だんだん光は強くなっていき、夜空の星からLED電球くらいの大きさになっているような気がした。
…そうだ。僕は〝星斗〟っていう名前で、星の精霊使いをしていて、今日は水樹とその用事へと行くんだった。やっと思い出せたっ。
さらに光は強くなり、その光の正体が昼間の太陽の光だと分かった時にはそれまであった真っ暗なものがなくなっていて、視界は太陽による光で埋め尽くされていた。
気が付けば僕は、真上を向いて仁王立ちしている状態のままぼーっとしていた。
太陽をずっと見続けていると目が悪くなるということを聞いたことがあるのを理由に、目を向けた。
そこには水樹がたっていて、さっきまでの僕とまったく同じであろうポーズをしているらしかった。
はたから見ればこの格好、釣られた後の魚みたいでダサかったんだな…。
ていうか水樹、ずっと太陽の方を見てて目が痛くなったりとかしないのかな?
そういう気持ちを飲み込みつつ、水樹の気持ちなんか無視して、僕は声をかけることにした。
まずは、水樹の肩をトントンと叩く。
「水樹水樹っ。ねぇ水樹っ」
彼女はうつろな目をこちらに向けつつ、面倒くさそうに言った。
「あぁ、星斗…。おは…よ…」
な、なんか…いつもの水樹じゃない!
いつもの水樹はどこに行っちゃったんだっ?
おーい、水樹、出てこーい。
水樹のぼーっとした目が、いつの間にかだんだんと開かれてきていた。
そしてその目が最大限まで見開かれたとき、彼女はその声を発した。
「あぁーっ、星斗っ」
「みっ、水樹ぃっ?」
これはこれで、いつもと違う水樹だった。
「もう星斗、どこ行ってたのー?もー。真っ暗で怖かったんだからーっ!」
「み、水樹…。それは僕も全く同じだ。同じように心配したし、同じように真っ暗で、十分すぎるほど怖かったよ」
「じ、じゃあ、今は何でそんなに平常心でいられるのー?意味わかんなーい!」
「えっ、えーっと…どうしよう…」
「ねぇなんでっ?なんでっ?どーしてーっ?」
「水樹が環境に左右されやすすぎるだけだよ…」
「うわーんっ。年下に指摘されちゃったよー、うわーんっ」
どうしよう。泣いちゃった。どうしよう。
どうしよう。これ、絶対嘘泣きだ。どうしよう。
ていうかもう、こっちが泣きたい気分だよ。
と、とりあえず、ここは…どこだ?
そう思って後ろを振り返ると、目の前にはコンビニのものよりはずいぶんと大きめの、自動扉があった。
そしてその上には…「西瓜内科」という文字がでかでかと書かれていた。
僕は思わず驚愕に目を見開いてしまった。
そ、そうか。ここだったのか…。
さらに僕は右手側を見てみた。
そこには、僕と水樹以外の全員の精霊使いたちが一列にずらりと並んで、ジトー…っという目でこちらをまっすぐに見てきていた。
僕は思わず驚愕に口も開いてしまった。
その勢いで僕はついつい呟いてしまう。
「…い、いつの間に…」
…って、驚愕に浸り続けている場合ではない!
と、とりあえず水樹に今の状況を教えなくては。
それに、いつまでも嘘泣かせっぱなしというわけにもいかないしな。
今現在も耳元で五月蠅いほどに嘘泣きをし続けている水樹の発し続ける声を聞いて、今すぐにでも実行しなくてはと思った。
「水樹水樹」
「…ん?どしたのー?星斗―…」
「これを見ろ、水樹」
そう言いつつ僕は水樹の前から立ち去って背後へと回り、もしも逃げ出したりしそうなときのために、水樹の両肩を僕の両手でがっしりと掴んだ。
すると彼女の動きがピタリ…と止まった。
そして、小さく小さく驚愕の声を発したらしかった。
「…ぁ…」
やっとこの状況を飲み込んでくれたと思い、僕はほっと胸をなでおろすことに成功した。
あんなふうな水樹であることを承知の上、さらに付け加えた。
…たぶん、こっちの方が重要。
「これも見ろ、水樹」
そう言って僕は、水樹の体をぐりっと右側に向ける。
水樹もさっきと同じように驚愕したのか、またその声を発した。
「…ぁ…」
「…分かったか?水樹」
僕は、水樹はてっきりわかっているものだと思ってあえて聞いてみた。
「…うん」
もう、さっきまでの水樹とは、まるで別人のようだ。
それが、水樹がまとっているオーラから、水樹が勇気を持ったことが分かった。
僕は最後に確認のつもりで言った。
「…行けるか?水樹」
「…んっ」
返された言葉からは、明らかなる熱意が感じられた。
あぁ、この子はやっぱり本気で…。
そう思わざるを得ないような返事だった。
僕はあえて、今からおこりうるであろう事態には目をつむって自分を取り繕って、せめてもの思いで、水樹に言葉をかけた。
「水樹っ」
「…?」
「がんばろうなっ」
「…んっ。頑張るから、星斗も…頑張ってっ」
僕はわざわざ今すぐにでも出てきそうな涙をこらえて、何とか笑って答えた…つもりだった。
「おうっ」
僕の顔を見た水樹は、しょうがないなぁ、もう…とでもいうような顔をして、こちらをじっと見ていた。
なんだか僕は、どこからともなく恥ずかしさを覚えた。
「…やっと、話は終わってくれたんだな?お二人さん」
ポリポリと頭を掻きながら面倒くさそうに言った霊子さんの言葉によって、僕は我へと返ることができた。
僕は決意と覚悟の表情をしてみんなの方を見て言った。
「…はい。もう、大丈夫です」
続けて火菜さんが、真剣なまなざしで、僕の気持ちを確かめるかのように言う。
「…行けるね」
僕は火菜さんを見つめ返し、しっかりと意思が伝わるように、強めに言う。
「…ええ。もちろんです」




