情の恨み
「…そうだ。お前から何か質問はないのか?」
「…ないですね。特にこれと言ってありません」
「え…。なんか…なんかないの?なんか…なんでもいいからなんか…」
「…ないですね。まったくこれと言ってありません」
「なんか…どんな些細なことでもいいから、とにかくなんかないの?」
「…ないですね。絶対これと言ってありません」
こんなにも言われて心身、プライドとともにズタボロのありさまになってしまった僕は、せめてものすがるような思いで口を開いて見せた。
「…だったら…だったらこれだけは絶対に覚えておいてほしい」
僕がそう言うと、彼は少し不思議そうな顔をしながらも、じっと僕の方を見つめ、微妙な角度に首をかしげて見せた。
「…?なんでしょう」
「…僕は…僕はっ、やりたくてこんな仕事をしているわけじゃない。他の人も、やりたくてやっているわけではないんだと思う。…少なくても僕は、こんな仕事なんかやりたくなかった。いつからかは、もう忘れた。でも、いつの間にか、気づいたときには勝手に〝こう〟されていた。歳を重ねるにつれて〝逃げたい〟という気持ちは膨らんでいった。自殺未遂を起こした時もあった。でも、逃げられなかった。こういう仕事に無理やりつかされている人は、本人の意志とは全く無関係にやらされているんだ。
僕があいつの名前を口に出してしまえば、すぐに気付かれてしまう。だからここではあえて〝あいつ〟と言うことにする。…すべては「休みたい」と望んでしまった〝あいつ〟のせいなんだ。〝あいつ〟がそんなことを思われてなければ…ていうか〝あいつ〟がそもそもあんな厄災ごときでそんな落ち込んで自分を責めてしまわなければよかったんだ。すべては〝あいつ〟のせいなんだ。〝あいつ〟があんなことを望むから…。〝あいつ〟が〝あいつ〟が〝あいつ〟がっ。悪いのはすべて〝あいつ〟なんだっ。〝あいつ〟のせいで〝あいつ〟のせいで…すべて〝あいつ〟のせいでっ。〝あいつ〟さえいなければ僕はこんなこともしないで、こんな苦しみを味合わないで、こんな思いをしなくて済んだのに…っ。僕は僕は〝あいつ〟がっ、〝あいつ〟のことがっ…」
そこまで言って僕は、そこから先を言うのをやめた。
この記憶は、星斗の中へと焼き付いて離れない。
これからも、この先も、今この瞬間から、ずっとtね。
細部まで、どこまでも正しく、鮮明に…。
だから、この記憶の中での苦しみをこれ以上広げるつもりはない。
苦しい記憶やつ大気億、悲しい記憶や憎い記憶は、暗闇を好きなだけ弄び、苦しみを伴って広がってしまう。
そんな記憶はあるだけ無駄だ。必要以上に増やすべきではない。
ちらりと彼の方を目で見ると、僕のことを心配そうな目でおどおどとうろたえている、かわいいかわいい星斗くんがいた。
僕はそんな彼のことをほほえましく思いつつもばかばかしくも思いつつ、ひそかに笑っていた。
そして、僕の中での彼の精神年齢が五歳くらい下がってしまうこととなった。
それと同時に、僕の中での彼の存在価値も薄くなってしまうこととなった。
僕はそんな彼をしり目に、嘲笑うように言った。
「…だからまあ、僕たちはこんなことをやりたくてやっているわけではない、やらされているんだ。こんなことをするはめになった元凶は、すべて〝あいつ〟のせいだ。どうしてもこの二つのことを、僕はお前にだけに覚えておいてほしかった。…ただ、それだけの話だ」
「…そう、ですか…」
彼は僕がそう言ったのを聞いて、静かにうつむいてそう呟いた。
星斗もやっぱり、普通の一〇歳の男の子だったのか…。
僕は内心でがっかりしてしまっている自分に気づく。
がっかりするということは、僕は心のどこかで彼に期待をしていたのだろう。
…それでももう、今となっては関係のないことだ。
そう思った僕は腹の虫が空腹を何度も何度も訴えているのに気付いたと同時に、そういえばそうだったなと思い出してしまった。
それを理由に、僕は彼に背を向けて歩き出す。
「僕の話に付き合ってくれてありがとう。そうそう、ここで僕が言ったことは全部、誰にも、どんな人にでも、何があっても、絶対に教えるなよ。約束だぞ。破るんじゃねぇぞ。…じゃあ僕はこれで…」
…そう言い残して。
よしっ。キマッたっ。
僕は内心でそう呟いてガッツポーズをした。
…そんなときだった。
「まっ、待ってくださいっ」




