コンビニの側壁面
しばらく時間がたって、彼の涙は乾いてしまった。
過呼吸だった呼吸を深呼吸で正常な呼吸に正してから、彼は僕に問うた。
「…あなたは、それでいいんですか?」
「…え?」
いきなり、まあまあ大きめの声を上げたから、思わず驚いて変な声が口から漏れてしまった。
でも彼は、そんな僕の様子も気にせずに続ける。
「あなたはそれで…自分や自分の仲間がこのまま消え去ってしまって、本当にいいんですか?あなたはそれで、本当にいいんですかっ?」
僕はそんな彼の様子に、言葉に驚愕した。
こいつはこんな性格だったんだと思うと同時に、今まであった理屈を覆してもいいんだと思った。
僕の中に新しい風が吹いた気がした。
でも、今の僕にはどうすることもできない。
だって、気が付いたときには、僕の首には、〝精華と意識を共有〟という名目の首輪がはまっているんだもん。
外し方がわからない。ちぎろうとしてもちぎれない。
逃げようと逃げようともがき足搔くほど、徐々に首輪はきつくなっていく。
だから、悔しくて悔しくてたまらないほどに、僕はどうすることもできない。
「…よくない。よくなんか…ない。そんなことがあっていいはず、なんか…ない。
…でも、しょうがないんだ。これが僕の、仕事なんだから。この仕事を、任務を遂行させるために、
僕はこうしていかされているのだから。
誰かに部屋に閉じ込められて外側から厳重に鍵をかけられてしまって脱出することができないときに「これをやったらドアを開けてあげるよ」と言われたとする。
そうしたらそれしか選択肢がないのだから、逆に言うと、やっとの思いで与えられた選択肢なのだから、そこに少しでもの望みをかけて、希望を持ってされるがままにするしかなくなってしまう。
そうやって可能性の少ないものにすがってでも懸命に生きようとしてしまうのは、人の本能として、当たり前だろう?
そんな感じで僕は、たくさんの概念たちや精華にまでも、はめられちゃっているんだ」
その時どこからか、視線を感じた。
慌てて振り向いてみると、コンビニの側壁面からそろー…っとしかめっ面でこちらを除いている億の存在を見つけてしまった。
威圧感が強く、思わず動揺してしまう。
億が目で「変な発言でもしたら、どうなるか…分かっているよね…?」と訴えてきているのがわかってしまう。
な、なんか…すみません…。
思わず心の中で、そうつぶやいてしまう。
ととと、とりあえず…なんか話題変えなきゃ!
「そ、そうだっ。さっきの質問の時間でみんなが聞いてきそうだったけど聞いてこなかったこと、お前にだけは特別に教えてやる!」
そう僕が高らかに言い放ったあと、静かに星斗へ目で合図した。
お願いだ、気づいてくれっ。
星斗は僕の合図に見事に気付いてくれたらしく、何とか話を合わせてくれた。
「お、おう。だったら言って見せてくださいよ。僕がしっかりと聞いて差し上げますのでっ」
…すまん。そして、ありがとう、星斗。
そして僕は、まず少し考えるふりをして言う。
「…そうだな。まず、何で精霊使いって武器を作り出したりいろんな技を使ったりできるんだと思う?」
「…なぜでしょう?教えてくださいっ」
「いいぜ。…それはな、僕たちがもう、その概念そのものでできているからだ。僕たちはみんな、人の形をした人ではないほかの概念に、僕たちの体のありとあらゆる箇所が置き換えられてしまっているのだ。例えば、僕みたいな情報の精霊使いは情報でできているし、星斗みたいな星の精霊使いは星でできているんだ」
「…なるほど。でも、だとしたらどうして、今までそうだったと気づかないくらいまでに、人間と同じような生活が送れていたんですか?」
「wow星斗、実にいい質問だ。実はな、その概念で人間と同じ臓器をつくり同じような働きをさせているからだ。…これは概念たちが僕たちに少しでも快く仕事に集中できるようにという心遣いなんだ。だから、ありがたく受け取れよなっ」
そろそろ立ち去ってくれたかなー…。
そう思ってコンビニの側壁面の方をちらっと見てみる。
…くそっ。すぐには立ち去ってはくれないのかよっ。チッ。
そう思って前方へと視線を向けると、目で「続けましょう。…ねえ、続けましょう!」と僕をせかすように訴えかけてくる星斗がいた。
その目が少しだけ輝いて見えたのは、僕のきのせいであってほしい。
僕はおなかがすいた。早くすべてを言い終えて、昼食を食べたい。
でもこのことは、最後に、幸か不幸か生き延びることのできる星斗には覚えてもらいたい。
というか、このために他人の記憶操作ができる唯一無二の精霊使いである記憶の精霊使いこと億にこの場にいてもらっているんだった。
すっかり忘れてた。すまん、憶。
僕は心の中で手を合わせつつ、もう「いちゃダメ」みたいな扱い方をするのはやめようと心に誓った。
そうして自分の世界に引きこもることを中断し、我に返って現実の世界へと戻ることにする。
ほっと安堵の息を漏らすと、不意に前方から視線を感じる。
慌てて目を覚ますと「早く次の情報ちょうだい早く次の情報ちょうだい」と目で全力で訴えかけてくる星斗がいた。
なんだかまるで、次のえさを待っている犬みたいだ。
ついつい「お手」と言いそうになるが、喉元のところで寸止めに成功することができた。
「お手…じゃない…」
…はずだった。
思った矢先、失敗してしまった。
星斗はあくまでもきゅるんとしたオーラでこちらを見ながら、さりげなく首をかしげる。
こいつ…ペットにしたい!
そんな本能が僕の中に生まれてきてしまった。
僕のペットになりませんか?
僕はそんな言葉が口先から出てきてしまいそうになったが、何とか飲み込む。
「そっ、そうだっ。君は多分一番気になっているであろうことを教えてあげる」
「そっ、それは…なんなんですかっ?」
僕はフッと目の憶を研ぎ澄ませる。
「なんで星斗だけは生き残ることができるのか…だ」




