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浬、ぞうさんを目撃する

 窒息寸前だったか、どうにかよーこさんの背中まで帰還する。危うく大きな声を出しそうだったので口を手で押さえる。

「ぬし、もしや、はしたないいたずらを仕掛けたのではあるまいな」

「そのまさかだよ。あいつらの気を逸らすにはこうするしかないだろ。それよりも、早く術を使ってくれ。時間を稼ぐのもそろそろ限界だ。下手をしたらよーこさんが放屁の犯人にされるかもしれないぞ」

「うぬ。それは困るのじゃ」

 あの三人の誰でもないとするなら、次に疑いがかかるのは間違いなくよーこさんだ。彼女も女なら放屁の犯人にされるなど御法度だろう。


 いきなり鼻にもふもふした毛玉が突き刺さった。くしゃみをしそうになるのを必死にこらえる。モフモフテロとか俺得かよ。

 実行犯はもちろんよーこさんだ。妖術を発動するために、一時的に妖怪の姿を現したらしい。

「一瞬で景色が目まぐるしく変わるからの。酔わぬように目を閉じとれ」

 険しい口調で宣告されたので、素直に瞼を閉じる。直後、顔面に激しい衝撃が走った。尻尾で叩かれたのだろうか。抗議の音を立てるより前に、これまたものすごい勢いで背中を引っ張られた。


「ねえ。なんか妖怪臭くない」

「屁の次は妖怪? 話題をすり替えようとしているんじゃないでしょうね」

「妖怪の臭いを察知できないなんて、さすがは分家ね」

「なんだと」

「あの、妖怪ってどういうことですか」

 風呂場から遠ざかる際にそんな会話が聞こえた。どうにかバレてないよな。確認する暇もなく、俺は浴槽の中へとダイブするのだった。


 水中にいるというのは分かる。おまけにぬくい。壁抜けは成功したのだろうか。失敗していたらどえらいものを目撃することになるかもしれない。


 そろそろ息が苦しくなってきた。息継ぎをしたいが、女子風呂のままだったらそのまま逮捕だ。確信が持てるまでは我慢しなくてはならない。先に窒息で死にそうである。

 そして、ふとした瞬間に確証を得ることとなった。俺の眼前に出現したのだ。立派なぞうさんが。

「おげえええええ!」

「なんだお前。どっから入ってきた」

 タオルで顔の汗をぬぐう丸まる太ったおっさん。目を丸くしているようだが、俺としては眼球を発射しそうになったぞ。まったく、ひどいものを目撃してしまった。


「どうしましたか、牟田さん」

「お前のとこの従業員がいきなり風呂の中から出て来たんだ。お前、ずっと潜水でもしていたのか」

「ま、まあ、そんなとこです」

 俺は苦笑しながら自分のぞうさんを確認する。比較すると小象みたいなものだった。悔しくもあったが、とりあえずは社会的制裁を免れたことを喜ぼう。


 なんだかんだ長時間湯船につかっていたせいでフラフラになる。あかん、のぼせたかもしれん。浴衣を着崩して千鳥足になっていると、軽快な打撃音が聞こえて来た。

 どうやらプレイルームになっているようだ。10円で遊べるレトロなアーケードゲームが並んでいる中、卓球台で見知った顔がラリーを続けている。


「やるわね。でも、これで終わりよ。私の渾身のスマッシュをくらいなさい」

 ゆるく弧を描いたピンポン玉を見据え、遥が大きくラケットを振り上げる。そして、コート右端を狙い、猛スピードで打球が突き刺さる。

 しかし、美琴はコースを読んでいたか先回りで台の後方に到達する。そして、膝下へ半円を描くようにラケットを振りぬいた。体育の授業で見たことがあるが、あれはカットと呼ばれる技法ではないか。強力なスマッシュを打ち殺すだけでなく、下回転がかかるので返球するのは難しい。温泉卓球のはずなのに、ガチで対戦しているのはいかがなものだろうか。


 俺が圧倒されていると、観戦していた瑞稀が声をかけてきた。

「温泉で放屁したのは誰か卓球で決めようとしているんです。デュースになってもう十五対十五ですよ」

 拮抗しすぎだろ。デュースって二点連続先取しないと勝ちにならないから先は長そうだぞ。


 いつ終わるとも知れない卓球を傍観していると、ガチャピンの人形を抱えた八子先生たちが合流してきた。

「うむ。全員揃っておるの。では、本日のメインイベントを開始しようではないか」

「よーこさん、メインイベントって何をするつもりですか」

「決まっておろう。肝試しじゃ」

 怪訝な顔をしている俺に対し、よーこさんは堂々と言い放つ。「肝試し」という単語に反応して、美琴はチャンスボールを取りこぼしていた。まだまだだね。


「よーこさんが裏で準備してくれたみたいだからさ。みんなで参加しようよ」

「面白そうですね。遥さんも一緒にどうですか」

「肝試しなんて子供だましみたいなものでしょ。ま、どうしてもというなら参加してあげてもいいわよ」

「実は怖いってわけないよな」

「あなた、私のスマッシュを喰らいたい?」

 目が本気です。やめてください、ハルカス様。


 結局、卓球勝負は引き分けのまま、俺たちはよーこさん主催の肝試しに参加することになった。よーこさんが企画したという時点で嫌な予感しかしないんだよな。陰陽師が二人も付いているから妙なことにはならないと思うが。

 あと、八子先生が抱えていたガチャピンはクレーンゲームでゲットしたらしい。「二千四百円お布施したのだ」って一回百円のクレーンゲームにどんだけつぎ込んでいるんだよ。馬込さんの店で売っている中古のフィギュアが余裕で買えるぐらいだぞ。

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