大人共、酔っぱらう
沈黙が続いたが、さすがに料理が運ばれると一変した。タイやヒラメが舞い踊る。と、いうのが誇張表現ではなく、エビにホタテにタコなど、これでもかと海鮮料理が立ち並ぶ。更にはキノコのソテーや山菜サラダ、山賊焼きと山の幸までもが同席している。ご飯ですら、有名どころの米を使っているのか艶めいており、香る湯気が自然と食欲をそそった。
「すごいのじゃ。こんなごちそう初めてなのじゃ」
大喜利から離脱してきたよーこさんが俺たちの席に合流する。遥が眉を動かしたが、すぐに箸を手に取った。豪奢なごちそうの前では、些末な心配などするだけ無駄ということだろう。
挨拶とともに、料理に舌鼓を打つ。自然本来の味を堪能できる刺身。口に入れただけで生前の躍動感が再現されるほどだ。暴れまわるうまみを中和するようにご飯を運ぶ。だが、中和されるどころか、荒々しい自然にも負けずに育った稲穂が主張し、口腔内で味のオーディションが開催される。どちらが美味いか、判定は青天井だ。
「本当においしいです。サラダもシャキシャキしていますし」
「山賊焼きも噛み応えがあっていいわよ」
「まあ、いいんじゃないの」
食い気が先行しているのか、美琴たちも料理に夢中だ。よーこさんですら、口数を減らして食べ進めている。
宴もたけなわになり、どんちゃん騒ぎも加速する一方だ。大人組は酒を飲み交わしていると思いきや、八子先生がいきなりカラオケで中森明菜を歌いだした。それをきっかけに松田聖子だの松任谷由実だの選曲がやたら古いカラオケ大会が開催される。茜さんが歌った松田聖子がやたら上手かったな。確か、アニメの主題歌に起用されたやつじゃなかったっけ。そして、次第に「撲殺天使どくろちゃん」だのサウンドホライズンだの雲行きが怪しくなってきたが、予想の範疇なのでスルーしておこう。さすがに八子先生が「花咲か天使てんてんくん」の主題歌を入れた時は逆セクハラになるから強制終了させられていた。
コース料理もいよいよデザートに差し掛かろうとしている。そんなときであった。
「かぁ~りくぅ~ん」
ろれつが回っていない声とともに首を絞められた。吐息が臭い。女性相手に失礼だが、呼気検査で確実に引っかかるレベルだから仕方ないだろう。
「茜さん、相当酔ってますね」
「よってにゃぁ。おにゃぁ、にゃあにいってりゃぁすか」
口調が八十亀ちゃんみたくなっているぞ。酔っ払いのかんさつにっきなんてつけたくないからな。
「むったえもぉ~ん。じゃいやんに、いじめらぁたよぉ」
「しかたねぇなぁ、ばんたろくぅん。はい、さんだんばらぁ~」
あっちでは三十を過ぎたおっさん二人が最悪すぎるドラえもん劇を披露していた。そして、夢中になって八子先生が牟田先生の腹に犬太郎の絵を描いている。完全に大人共は出来上がってますな。
「かぁりくぅん、おねぇさんのぁ、カルーアミルクほしい?」
「いや、俺未成年ですし」
俺の頬に生暖かいものが押し付けられているのは気のせいではないだろう。瑞稀が顔を覆い隠しているし。
「茜さん。浬が困っているからいい加減に」
「女子高生のカルーアミルク飲みたいにゃぁ(はぁと)」
「にゃぁぁぁっぁぁぁっぁ!!」
おめでとう、美琴は猫に進化した。いや、まずいでしょ。俺の横で思い切り胸をもまれているのだが。あまりに激しく揺らされるものだから、冗談抜きでカルーアミルクが出そうだ。
なるほど。茜さんは酔っぱらうと変態になるのか。感心している場合ではない。酔っぱらっていつも以上にアホになっている漫画家集団もどうにかしないといけないし。
だが、俺は失念していた。酔っぱらった場合、最も厄介になりうる存在を。
「かいりゅ~、ふりゃふりゃするのりゃぁ」
俺はハクリューの進化系ではない。そうツッコむ前に首を絞められた。先ほどよりも弾力がある生暖かいモノを後頭部に押し付けられる。特性マルチスケイルを持っていたとしても一撃死してしまいそうだ。
「よーこさんも酔ってるのかよ」
「どうしましょう。大人が全滅してしまいました」
瑞稀が嘆く。隣では相変わらず美琴がわしゃわしゃされて涙目になっているし。
「うりゃぁ、かりゅあみりゅくとやりゃを、のみりゃりょりゃあ」
「『りゃ』を言いすぎだろ。語尾まで変わっているぞ」
「おみゃあに飲ませるカルーアミルクはねぇ!」
「茜さんは次長課長の真似をしないでください」
「かりゅあみりゅくのみりゅあから、かいりゅ~でちちしぼりゃあ、するのりゃあ~」
ワシワシワシワシ。
「俺にはおっぱいはねぇぞ!」
男にも乳首はあるのだが、いくらもまれたところで出る物は何もない。
「乳しぼりするならぁ、まけにゃあ」
「茜さん、いい加減に、し、あ、やめ、ちょ、くぅ」
あかん、これ。段々と十八禁の領域に達成、く、して、やめ、あっ。って、男子高校生を絶頂させてどうすんだよ。全く需要ないだろ。
「まったく、騒がしい連中ね。静かに食事できないのかしら」
呆れた様子の遥が一人静かにお茶を飲んでいる。達観しているのならせめて助けてくれ。
ようやくおっぱいもみもみ地獄から解放された。そう思いきや、変態セクハラ星人2体は標的を変更したようだ。ゆっくりと嚥下していた遥の喉元が停止する。
座布団を巻き添えにしたまま後ずさる遥。だらしない顔をしながら迫るショッカーじゃなくて、変態星人。遥の顔が強張っている。テレビならここで正義の味方が駆けつけるだろう。だが、現実とは残酷である。
「女子高生のカルーアミルクにゃぁ」
「うりゃりゃりゃりゃりゃ!」
変態星人のもみもみ攻撃をまともに受ける遥。獣じみた悲鳴をあげて変態どもに埋もれていく。うん、ご愁傷様です。
俺たちが変態攻撃から解放されていた一方、現在新たな被害者が生まれている。二人がかりによるもみもみ攻撃を受け、遥はのたうちまっていた。スカートを履いていなくてよかったねと慰めてあげたいくらいの惨状だった。
狭いところで激しく動いたのがまずかったのだろう。水揚げされた鯉並みに跳ね上がった足は湯呑を蹴飛ばしてしまった。宙を舞うお茶。空に飛行機が飛んでいるなぐらいの心地で眺めるしかなかった俺。お茶の軌道はあろうことかこちらに向かっている。
結論から言おう。びちょびちょになった。俺が。冷えた緑茶だったのが不幸中の幸いだ。
「かぁり、どぉしたりゃ、びりょびりょや」
「だぁれのせいだがね。ちんちんじゃったら大変だがね」
「おめえらのせいだろ」
湯呑を蹴飛ばしたのは遥だが、元凶はこいつらだ。大の字になって現在進行形で死亡中の彼女に罪を重ねるのはあまりに酷だ。あと、「ちんちん」は東海地方の方言で「熱い」という意味だから勘違いするなよ。
海から上がったときにシャワーを浴びたばかりだったのに、また洗いなおさないといけない。シャツをつまんでいると、おぼつかない足取りになりながらよーこさんが隣に腰かけて来た。
「かぁりよ、先におんせぇんに、はいって、きたりゃ、どうりゃ。もう、わいとりゅりゃろ」
「そうだな。お言葉に甘えるとするか」
こうして俺は一番風呂を頂くことになったのだが、まさかこの時既に陰謀に呑まれていたなんて予想だにしなかった。




