遙、美琴とスイカ割りで勝負する
陰陽師とスイカ割りに何ら接点を見いだせないのだが。陰陽師とスイカの食べ過ぎならなぞかけで接点ができるぞ。どちらも「はらいたい」でしょうってな。
「面白そうじゃからやるとええ。そちは、えっと」
「安部遥。今代最強の陰陽師よ」
「そういう設定の方なのですね」
「設定じゃないわよ。本物だっつーの」
「はいはい分かった、あべのハルカスちゃん」
「ハルカス言うなし!」
赤の他人のはずだけど、おもちゃにされまくっているせいで可哀そうに思えてきた。ふと思ったが、本物の妖怪であるよーこさんがいるのに、どうして勝負をしかけないのだろうか。美琴に訊ねたところ、
「妖力を限界まで隠しているから、気づかれていないんでしょ。強さで例えるなら、ショッカーの戦闘員より弱いわよ」
と、教えてくれた。あえて弱体化していることで正体を隠しているというわけね。それよりも、妖力を戦闘力で例えるのは流行しているのか。それに、戦闘員は一般人より強いはずだが。
「先行は譲ってあげるわ」と余裕綽々の態度を見せつけ、美琴に木刀が手渡された。目隠しをした美琴は視界が塞がれているはずなのに、狂いなくスイカを射程に入れている。現役剣道部員だけあり、見事なまでの正眼の構えだ。
「そのまままっすぐです、美琴さん」
瑞稀の助言を受け、ゆっくりとすり足で進む美琴。目隠しをしているはずなのに、剣道の指南ビデオみたいな動きが出来ているのはすごいな。どんな身体構造しているんだよ。
「すごいですね。寸分の狂いなくスイカへ向かっていっています」
馬込さんが感心して解説する。あなたはいつまで埋葬されているのでしょうか。茜さんが適当に応援しながらおっぱいを盛り続けているし。
やがて、有効となる間合いにスイカを捉えた。よーこさんが「そこじゃ」と叫んだこともあり、木刀であちらこちらを叩いて探索する。ややあって、切っ先がスイカと接触した。
「そこね」
それだけ呟くと、美琴は大きく木刀を振り上げる。そして、渾身の一撃でスイカを叩き割った。
目隠しを取って破顔する美琴。先制で模範演技を披露されてしまったせいか、遥は歯ぎしりしていた。
「やりましたね、美琴さん」
瑞稀がすり寄って、ハイタッチを交わす。ぐしゃぐしゃに割れたスイカはグロテスクなはずなのに、一つの芸術作品のようですらあった。
「宇迦高の剣道部員として名折れだけは避けたいからね。割れてよかったわ」
ほっと安堵する美琴。スイカが割れて大成功。そのはずだったが、どことなく浮かない顔をしているのはなぜだろうか。とりあえず、隣で歯がすり減りそうなほど歯ぎしりしているハルカスちゃんをどうにかしてほしい。
後攻のハルカス、じゃなくて遥のターンだ。美琴の模範演技の後だと構えが素人丸出しだ。実際に陰陽師として戦っている姿を目撃したわけではないから、彼女の実力は未知数。陰陽道とスイカ割りは関係ないけどね。
最初の構えの時点から見当はずれの場所を差しており、その後もあっちへふらふら、こっちへふらふらと見学しているこちらがハラハラする。普通にスイカ割りをやるとこうなるはず。むしろ、迷うことなくスイカを叩き割った美琴がチートなのである。
「ハルカスさん、右です、右」
「ハルカス言うなし」
ハルカスが愛称として定着しつつある。指示を受けてもなお、スイカに到達する気配はない。馬込さんのおっぱいが成長を続けていく一方だ。
このまま彼女の千鳥足ショーを永遠と観測し続けることになる。半ば諦観していたのだが、予期せぬ事態が発生した。遥がふらつきながらも、こちらへと進撃してきているのだ。
Uターンさせようと呼びかけるも、彼女の混乱を助長させるばかり。むしろ、どんどんと俺たちの元へと接近する。その先に居たのは……埋葬されし馬込さん。
やめろ! 馬込さんが本当に土葬されてしまう。
「遥ちゃん! 回れ右よ、回れ右!」
巻き添えになって昇天しそうだと危惧した茜さんが必死に叫ぶ。思いが通じたのか、遥はくるりと一回転した。ほっとした勢いで馬込さんのおっぱいが崩落する。おめでとう、FカップはAカップに退化した。
馬込さんが土に還る危機は去った。しかし、別の危険が生じた。方向転換した遥が目指しているのは、
「俺かよ」
あろうことか、俺へと一直線に向かってきているのだ。誘い水なんて出していないぞ。逃げようにも、すり足なんてクソくらえと小走りになっているので、回避行動が間に合わない。美琴やよーこさんが散り散りになっている中、どうして俺の方を目指しているんだ。
そして、海岸に転がっていた小石がすべてを決した。蹴躓いた遥は木刀を放り投げる。弧を描いた凶器は砂浜へと突き刺さった。
遥当人は「キャッ」と小さく悲鳴を上げて前のめりとなった。俺は回避しようと足をもつれさせた結果、尻もちをついてしまう。それがむしろ幸いした。直立したままだったら余計な怪我を増やしていたかもしれない。しかし、別の問題が生じた。
俺の全身をクッションにして、遥が倒れこんできたのだ。
よーこさんたちが駆けつけてきたものの、顔を引きつらせて十数歩手前で停止しているのはなぜだろうか。否応ない殺気すら放たれている。俺、何かしちゃいましたか。
起き上がろうと右手を曲げる。むにゅ。あらぬ感触が手のひらを伝った。なんじゃこりゃ。花園華の抱き枕より数倍柔らかいぞ。それに、仄かに暖かい。時折耳を打つ甘美な吐息。一体俺は何を触っているのだ。
ふと、遥と目が合った。なぜだか涙目になっており、言葉にならない悲鳴じみたものを発している。右手に力を入れると「ひゃう」と甲高い声を上げた。
手元を確認するのが恐ろしい。俺は顔が強張るのを叱咤し、目元を下げる。そしてここまでの経緯を悟ってしまった。
転倒した遥は俺の上に倒れこむ。拍子に目隠しまで外れてしまう。つまるところ、俺が押し倒されている形になる。これだけでも色々と問題はある。だが、話をややこしくしたのは受け止めようと、俺が無意識に突き出した右手だ。そいつが支えた先は、あろうことか遥の胸だったのだ。
つまり、無意識のままおっぱいをもみくだすという、通報案件に発展してしまったのである。なるほど、周囲の殺気は致し方ないことだったのか。じゃねえよ! やべえぞ、これ、俺が埋葬されてしまう。
「じ、事故だからな、事故。いや、天災だ、天災」
壊れたおもちゃ口調で必死に弁明する。
「不潔です。不潔、不愉快です」
瑞稀さん、俺は臭い液を噴出する妖夢じゃないからね。
「へえ、浬君はおっぱいが好きだったのね」
「触りたいのならうちのを触るといいのじゃ」
変な誤解をしないでもらえますかね。
「もしもし、警察で」
「やめろおおおおおおおおおおお!」
美琴、エア携帯電話はマジでやめろ。心臓が止まる。
「ひ」
俺がてんやわんやしていると、最大の被害者が声を絞り出した。真夏なのに冷たい汗が滴る。騒ぐ以前に右手をどけろと言われるかもしれない。そうなのだが、彼女のおっぱいには吸盤でも付いているのだろうか。
「ひぎゃああああああああああああああ」
表音困難な悲鳴を発し、遥は俺を押しのける。そして、そのままどこかへと駆けて行ってしまった。俺の掌にはいまだに温もりが残っている。握りしめると手首まで温められるほどだった。それで、俺はどうなるのかな。
結局、馬込さんに代わって俺が埋葬され、股間をFカップにされる刑を受けることになった。どこぞの五歳児じゃないんだから、ぞうさんの絵を描かないでくれ。通行人から後ろ指を刺されていたのはぞうさんだけのせいじゃないだろう。
後日、俺の遺影を瑞稀の携帯から見せてもらったのだが、胸に「わたしはおっぱいを触りました」と落書きされていたようである。誰が書いたのか、未だに犯人は不明だ。




