遥、煽る
偶然通りかかった名も知らぬ鳥のさえずりが響き渡る。せめて背後で爆発が起きてほしかった。えっと、反応したほうがいいのか。
「あべの、ハルカス?」
「そうそう、大阪にある日本一の高層複合ビル……って、ちゃうわボケ!」
手に何も持っていないのに、何かを叩きつける動作をした。ご両親には悪いけど、名前が似ているもん。
「名前よりか名字に着目しなさい。高名たる安倍晴明と同じ苗字。これこそ本家の印よ。ちゃんと『あべの』という呼び名になっているわ。あなたは大方、違う方の漢字のアベ姓の一族でしょ」
「言われてみれば、美琴って阿笠博士の方のアベだったな」
「どうして漢字の例えでそのキャラが出てくるのよ」
「あべ」姓のキャラクターなんて案外いないぞ。さっと思いつくのは某総理大臣だし。
「そうだ、名乗り忘れたけど、俺は刑部浬って言うんだ」
「私は阿部美琴。おあいにく、安倍晴明とは違う漢字の阿部よ」
「今更名乗るなんて愚鈍ね。やはり、分家の人間だったじゃない」
勝ち誇ったようにサイドポニーを掻き上げる。いちいちどや顔しないと死ぬ病気にでも罹っているのか。
俺はともかく、美琴をピンポイントで呼び出したのは陰陽師として話があるからだろう。仮説を立てるまでもなく、遥は右足を踏み鳴らした。
「さっき海の中で妙なクラゲが暴れていてね。そいつを退治しに来ていたの」
「そういえばいたな。どくろマークがついている変なやつ」
「浬、お前、あのクラゲが見えたのか」
美琴が驚愕している。ハバネロを大量にぶっかけたカレーを食べたのかみたいなノリで言われても困る。遥まで感心して腕組しているし。
「私と初めて会った時、いきなりクラゲについて指摘していたからまさかと思ったけど、予想通りね。あなたも陰陽師の一家なわけ」
「多分違うと思う」
俺の両親はごくごく普通の会社員だ。実は悪の組織と戦うヒーローだったなんて事実は聞いたことはないし、聞きたくもない。俺が否定すると、遥は不機嫌そうに唸った。
「普通の人間にあのクラゲが見えるはずはない。私の目が間違っていたのかしら」
「さっきからクラゲ、クラゲ言っているけど、あのクラゲは特別な品種なのか」
「あいつは妖クラゲ。妖力を察知できる者にしか見ることができない特殊なクラゲよ」
あやかしクラゲってまた珍妙な奴が出てきたな。ドククラゲの進化系じゃないのか。
「妖クラゲは強い妖力に惹かれて現れ、妖力を吸いつくそうとする。奪うのは妖力だけだから普通の人間には無害。それどころか見ることすらできないわ。そいつが見えたということは、もしや、妖怪」
「人間です」
旅行に来てまで異能バトルを体験するのはご免だからさっさと否定しておいた。護符を出すのはやめてもらえませんかね。水着から出したのではと不埒な想像を働かせたが、順当にパーカーのポケットの中だろう。
護符を握ったまま、遥は指を突き立てた。
「あんたたちが誰であろうと関係ない。私がここに来た目的は一つ。近々復活が予見されている大妖怪を倒すためよ。大方、あなたもそいつを狙ってやってきたのでしょうが、おあいにく様。分家の雑魚に仕事はないわよ」
「雑魚、だと。クラゲの時は後れをとったけど、大妖怪の討伐は負けるわけにはいかない」
「どうかしら。さてと、ついでにそこの君の正体もはっきりさせておきたかったけど、人畜無害そうなら放置しておいても問題ない、か。オッケ、これ以上ここに居ても収穫は無さそうだし、戻らせてもらうわ」
俺たちの返事を待たず、遥は海の方へと歩いて行ってしまった。釈然としないまま、俺たちもよーこさんたちのもとへ戻ることにした。
そうなると、当然のことながら両者は叫びあうことになる。
「どうして付いてくんのよ!」
行き先が同じだからです。ほぼ同時にツッコミを入れているし、遥と美琴って実は仲がいいのではないか。いや、一触即発の闘犬みたいに唸っているから、俺の思い過ごしだろう。
結局、遥と連れ添って雑木林を抜け、元の海岸へと帰還する。そこで繰り広げられていたのは、
目隠ししたよーこさんがビッグボインになって埋葬されている馬込さんを襲撃している様だった。
「早まるな、よーこさん!」
殺人事件には至らないかもしれないが、旅行先で傷害事件なんて御法度だ。瑞稀と茜さんが必死になって止めようとしており、俺もそれに合流する。
三人がかりでようやくよーこさんの目隠しを外し、どうにか事なきを得た。陰陽師が二人もいる前でトチ狂わないでくださいよ。
「およ、スイカかと思うたのじゃが、乳の大きい女子じゃったか。あやうく割るところだったわい」
「成分が百パーセント砂だから乳ですらないけどな。それよりも、一体何をしていたんだ」
「浬さんたちが出かけている間、スイカ割をしていたんです。よーこさんが見当違いのところに行くから大変でした」
「僕はむしろご褒美だったな」
状況は大方把握できた。主役であるはずのスイカが波打ち際で一人さみしく黄昏ている。そして、馬込さん、いくらご褒美でも命を粗末にしてはいけません。
砂浜でスイカ割りか。海水浴の定番イベントだな。すると、遥がにやりと口角を上げた。嫌な予感しかしないぞ。
「分家!」
「美琴よ、あべのハルカス」
「ハルカス言うなし。あんたの実力を推しはかるため、スイカ割りで勝負よ」




