謎の少女、美琴をクラゲから救う
「どうしたのじゃ、浬。せわしない顔をして」
「美琴が溺れたんだ」
それだけ言うと、よーこさんは血相を変えて海中へと潜っていく。直後、激しい水しぶきがあがった。美琴をしのぐかもしれぬ泳ぎ振りだ。下手をしたらプロの水泳選手に匹敵するかもしれない。
「美琴さんは大丈夫なのでしょうか」
「おそらく足がつっただけだろうから心配ないと思う」
変なクラゲに絡まれていたことは伏せておいた。無闇に不安を煽るだけだし、紫色でどくろマークのクラゲなんて説明しようがない。
ややあって、美琴が謎の少女とよーこさんに両腕を支えられて帰還してきた。瑞稀とともに胸をなでおろす。
「手助けしてくれて助かったのじゃ。張り切り過ぎただけみたいで大事には至っておらん」
「まったく、手を焼かせないでよね。せっかくのバカンスが台無しじゃない」
「あの、誰だか存じませんが、ありがとうございます」
瑞稀が律儀に礼を言うと、少女はそっぽを向いてほほを掻いていた。
砂浜まで彼女を運ぶと、茜さんがかけつけてきた。
「美琴ちゃんが溺れたって。大丈夫なの」
「平気よ。心配かけてごめんなさい」
美琴が殊勝に頭を下げると、茜さんは胸に手を当てた。海水を飲んでしまったせいか時折咳き込んでいる。ただ、それ以外は特に外傷とかも無さそうだ。
クラゲに刺されたのなら足の甲に跡がついてもよさそうである。けれども、まったく痕跡はなかった。俺が幻覚を見ていたのか。でも、はっきりと紫色のクラゲが見えたし、謎の少女も「私が祓う」と断言していたよな。
俺が美琴の足元に着目していると、少女がタオルでサイドポニーを拭きながら立ち去ろうとしていた。
「あの人が助けてくれたのじゃ」
すかさずよーこさんが紹介すると、少女は振り返る。攻撃的な目つきをしており、バイクで特攻させたら無駄に似合っていそうだ。
「別に。当たり前のことをしただけだし。そうそう。そこの女と、あと、君。後で面貸してくんない」
はっきりと俺と美琴を指さし、少女は雑木林の方へ立ち去っていく。美琴はともかく、どうして俺なんだ。しっかりとお礼をしておく必要はあるし、言われたとおりにするか。
「浬に美琴よ。あの少女と知り合いなのか」
「知らないぞ。美琴だったら知ってるんじゃないのか」
「どこかで見たかもしれないわね。どのみちお礼を言っておく必要があるし、行ってくるわ」
美琴の顔見知りなのか。クラゲの件が関わってくるとなると、ひょっとしてあっち方面なのかもしれない。
「遠出するなら気を付けてくださいね。林にも危険な生物がいたりしますから」
馬込さんが注意を促す。しかし、砂浜に埋没してビッグボインにされている状態では全く威厳はない。
美琴と連れ立って、少女が赴いたであろう雑木林へとやってくる。昼間でも立ち並ぶ木々のせいでうっそうと薄暗い。青木ヶ原ではないが、良からぬものが転がっていないか気になってしまう。幸い、元気にセミが鳴いているのが陰鬱な気分を紛らわせてくれた。
先行していた少女を探す羽目になるので難航すると思われた。だが、少女は俺たちを待ち受けていたかのように、すぐさま木陰から姿を現した。水着の上にパーカーを羽織っているだけで、何も履いていないみたいでなんかエロい。生足魅惑のマーメイドとはこのことか。邪な目線で観察していると、少女は腰に手を当てた。
「律儀にやってきてくれたわね。ぶっちするかと思ったわ」
「あなたには話があるからね。大方、私の仲間内の前では話せないことでしょ」
「察しがいいじゃん。分家のくせに」
左手で口に手を当て、おどけるように美琴を指さす。「分家」と発話された途端、美琴のこめかみがひくついた。
出会って早々険悪な雰囲気なのはどうしてだろうか。少しでも場を和ませないと。
「あの、助けてくれてありがとう。君がいなければ美琴は大変なことになっていた」
「まあ、当然ことをしたまでよ。人助けは陰陽師の本分だし」
どやあと居丈高になる。お礼を言ったら負けみたいな雰囲気になるのはなぜだろうか。
それよか、看過できない単語を発したな。美琴をピンポイントで呼び出したことといい、まさかこいつも。
「陰陽師なのか」
「現代じゃまず聞かない単語を聞いても驚かないなんて、やっぱ君もこっち側の人間だったのね。連盟では見ない顔だから、大方そこの分家の子と関わって陰陽師を知ったんでしょ」
「あんた、ごたごた言ってないでさっさと名乗ったらどうなの」
「話の腰を折るなっつーの」
イーと歯をむき出しにする。そして、咳払いすると胸に手を当てた。
「覚えておきなさい。あたしこそが安倍晴明直系、当代最強の陰陽師になる女、安部遥よ」




