馬込さん、公開処刑されてしまう
旅行に出かける日までに主に女性陣の間であれやこれやあったようだが、逐一語っていくと長くなりそうなので割愛しよう。どうやら、みんなでどこかへ買い物に出かけていたらしい。
俺とよーこさんは馬込さんが運転する痛車に乗り込み、重井沢へ向けて快走する。運転はこなれているのか、危なげなく走行していく。外装に目をつぶればこちらの方が正解だったようだ。
「いやあ、速いのう。文明の利器の発達は喝采するばかりじゃ」
「よーこさんが本気を出したら車より速いんじゃないですか」
「童ならまだしも、うちはこうも速く走れん」
むしろ、車より速く移動できる童は本当に何者なんだよ。あいつ、新幹線で数時間かかる距離を一瞬で移動してきたよな。
「あ、あの、浬君。その、よーこさんって、どんな方なの、ですか」
不自然なくらいどもりながら馬込さんは俺に訊ねる。どんな方って簡潔に説明するのは難しいけど、
「エロい?」
「エロっ!?」
いきなり前かがみになったせいでクラクションが鳴り響いた。そして、俺にはよーこさんからのデコピンが喰らわされる。
「うちはエロくないぞ」
「いや、エロいだろ。その、色々と」
胸にスイカを抱えているうえ、初対面では全裸だったんだぜ。これでエロくなかったらグラビア女優が涙目になっているぞ。
「ほう、うちの魅力を思い出して悶えておるのかの」
「やっぱりエロいじゃないか。ええい、近づくな」
数秒前に否定しておいて上目遣いで顎を撫でてくる。手で払いのけるとふんすと鼻を鳴らした。
「まったく。エロい他にもあるじゃろ」
「そうだな。料理が上手いとか」
「へえ、家庭的な方なのですね」
和食しか作ってくれないけどな。変に刺激すると馬込さんが事故を起こしそうなので気を遣う。
よーこさんと与太話をして暮らしていたが、今日の馬込さんは極端に口数が少ないこともあり、次第に話題が尽きていく。外の景色も喧騒溢れる都会から、のどかで静寂が支配する田舎へと移り変わっていった。開け放たれた車窓から流れる空気がどこか郷愁の念を思い起こさせる。
「えっと、音楽でも、聴きますか」
いたたまれなくなったのか、馬込さんがCDプレイヤーのつまみを回す。RPGならゆったりしたBGMが流れてきそうだが、実際には無音だからな。車のエンジン音だけだとさすがに飽きてくる。
だが、いきなり流れてきたのはセーラー服をどこかへ持っていくアニメソングだった。大慌てでボリュームを下げようとしたみたいだが、間違って次のトラックへ移るボタンを押してしまっていた。今度は文化祭でただの人間には興味が無い女子高生が熱唱していた曲が流れる。さっきから選曲が古いな。挙句の果てに帝国華撃団の曲まで流れて来たし。
やっとこさ停止ボタンを押して馬込さんは頬をひくつかせている。オタクあるあるだよな。間違って趣味全開の曲を流してしまうって。車が執拗に揺れているのは道の起伏のせいだけではなさそうだ。
「いやあ、間違えました。こういう曲知らないですよね」
「知らぬな」
よーこさん、そこはオブラートに包むべきだろう。妖怪にオブラートもクソもないか。どうしよう。フォローしないと冗談抜きで馬込さんが事故る。
「じゃが、別に構わんぞ。似たような曲をいつも聞いておるし」
「よーこ、さんも普段こういった曲を聴くのですか」
「浬がいつも流しておるのじゃ」
確かに流しているな。ガクドルズの曲ばかりだけど。アニメソングという大雑把なカテゴリに分ければ同じようなものか。
車の揺れが穏やかになる。勾配はさっきよりもきついはずなのに不可思議だ。結局、コナンの主題歌集をかけることで落ち着いた。倉木麻衣とかビーズみたいな大衆受けする楽曲が入っているのがすごいよな。
長いトンネルを抜けた先から鼻を突く潮風が流れ込んできた。はるか彼方に広がる水平線。海鳥の鳴き声が耳朶を打つ。
「海だー!」
単純ではあるがつい叫んでしまう。別に海なし県に住んでいたわけではないので、海を見るのは初めてではない。けれども、つい興奮してしまうよね。生命体の起源は海にあるって言うし。
予約してあった宿泊施設の駐車場に到着し、俺たちは体を伸ばす。やや遅れて、レンタカーが突っ込んできた。中からゾンビが三体現れた。いきなりバイオでハザードな展開は望んでいないぞ。
「浬。そっちの車の方が正解だったようだ」
顔面蒼白になった美琴が俺の肩にすがってくる。茜さんはレンタカーを背もたれにして深呼吸していた。最も悲惨なのは瑞稀だろう。車の陰に隠れてエチケット袋を手放せないでいる。とりあえず分かったことがある。若葉マークの運転手に山道を運転させてはいけない。下手をしたら公道を走っただけでもゾンビが大量発生していたんじゃないか。




