馬込さん、よーこさんと対面する
高校に進学したばかりの俺たちが運転免許を取得できるわけがない。どう頑張ってもこの夏休み中に自動二輪の免許を取るのが関の山だ。頼みの綱のよーこさんだが、車とは無縁の生活を送って来たらしく、自動車免許を持っていない。持っていたとしても、陽湖荘に車どころか駐車場自体存在していない。
交通手段がないのでは行きたくても行くことができない。早くも計画がとん挫する。そう思われたが、美琴は自前の携帯電話を取り出した。
「父上だったら車を貸してくれるかもしれない。ちょっと電話してみる」
スルーしていたが、美琴の実家には黒塗りの高級車があった。あれに乗るのは気後れするが、四の五の言ってはいられない。ボロ車よりは断然マシだろうが、日本人の平均年収を大幅に上回る車に乗るというのも落ち着かないぞ。
会話を聞かれるのが恥ずかしいのか、部屋の隅で通話する美琴。あの父親のことだから分からんでもない。またみーたんとか呼ばれているのだろうか。
暇つぶしに視聴していたテレビの天気予報が終わるころ、美琴がお手上げをしながら戻って来た。
「ダメだったわ。旅行の予定日を伝えたら、その日は仕事があるから車は貸せないって」
警察と言っていたから、夏休みとか関係ないのだろうな。渋面を作っていると、美琴から耳打ちされた。
「それと、本家のやつらに負けないようにするのだぞとか言われたわ。本来ならわしが行きたかったとも」
露骨にゲンナリしている。あの親父さんがやってきたら色々な意味で騒がしくなりそうだ。
美琴の父親が不可となると、他に車を貸してくれそうな人なんているか。一様に考える人態勢に入る。知り合いで運転免許を持っていそうな人というと……。
「もしかしたら、行けるかもしれない」
俺が唐突に提案すると、「本当か」とよーこさんが急接近してきた。近すぎて胸が衝突事故を起こしそうだったぞ。
「まだ行けると決まったわけじゃないからな。ちょっと連絡してみる」
俺は慣れた手つきであるところに電話をかける。閉店間際の時間帯だから、うまいこと退社前に捕まえることができれば。
思惑通り、一分近くコール音が鳴り響いたのちに電話がつながった。
「もしもし。こんな時間にどうしましたか」
「馬込さん、お願いがあるんです」
俺が電話をかけた相手。それはバイト先の店長である馬込さんだった。
単純に三十過ぎならば運転免許を持っているだろうという打算である。車を運転しなくても、身分証明書として取得する人もいるぐらいだし。事情を説明し、運転免許を持っているかどうか尋ねると、
「持っていますよ」
さも当然のように返答をもらった。たまらず俺はガッツポーズをとる。歓喜は伝播し、各々舞い上がる。
詳しく計画を煮詰めたいとのことで、さっそく明日の昼間に打ち合わせすることにした。ちょうどお昼休みの時間帯であれば、さほど来客もなく暇であろうとのこと。一歩前進したことで、俺たちは近所迷惑スレスレのテンションで騒ぎあった。ひょっとしなくても旅行が楽しみになってきたな。高揚していたこともあり、妖怪のことなど忘却の果てへと追いやられるのであった。
迎えた翌日の昼過ぎ。瑞稀の希望によりみんなで教祖様へとお布施を施し、アニメショップ漫々を訪れた。よーこさんがハンバーガーよりポテトに夢中になっていたのはここだけの話だ。「昔を思い出すのじゃ」ってじゃがいもばかり食べていたのかな。
「浬が寮の友達を連れてくるなんてね。きちんと学生生活をエンジョイしているようでお姉さん嬉しいわ」
「茜さんは俺の保護者か何かですか」
来店早々、無遠慮に俺の肩を叩く茜さん。俺は友達がいない陰キャだと思われていたらしい。あながち間違ってはいないけどな。森野に絡まれていなければ、冗談抜きでぼっち生活まっしぐらだった自信がある。
いきなり大勢でおしかけるのは迷惑だろうと、美琴たちは外で待機してもらっている。まずは俺が先んじて挨拶に向かっているという次第だ。馬込さんが自虐していた通り、店内は閑古鳥が鳴いていた。茜さんが「これなら馬込っちで十分、私が出る幕じゃないわ」とハナダジムのトサキントを繰り出してくるトレーナーみたいなことを言っている。相変わらずどっちが上の立場か分からん。
「馬込さんにはお世話になりっぱなしで悪いです。牟田先生の時も力添えしてくれましたし。ただ、馬込さんが漫画家というのは意外でした」
「私もびっくりしたわよ。バンバローの作者だったなんて。中途半端に絵が上手いと思ったらガチ勢だったのね」
「商業作家にガチ勢というのはどうかと思いますが。僕も感謝していますよ。久しぶりに八子先生や牟田先生とあいさつできたのですから」
それぞれに都合があり、直接対面とはいかなかったようだ。けれども、数年越しに昔話に花を咲かせたという。どんなところで繋がりがあるか見当もつかない。人の縁はそんじょそこらの推理小説よりミステリアスだ。
世間話もそれなりにして、さっそく美琴たちを事務所へと招く。緊張した面持ちで入室したのは女子高生二人組だ。
「想像以上に可愛らしいじゃない。いいわね、現役女子高生。昔を思い出すわ」
親父めいた感想をこぼして茜さんのテンションが上がっている。馬込さんもしげしげと観察していた。この店に女子高生が来店することなんてまずないからな。見知った男子高校生ならちょくちょくやってきて茜さんとゲームで対決している。無下に追い払おうにも、律儀にラノベを買って帰るから食えない奴だ。
そして、遅れてやってきたのは、
「この町にこんな店があるとはのう。知らんかったわ」
店内を物見遊山してきたよーこさんだ。彼女を前に茜さんは息を呑んでいた。本性を知らなければ、圧倒されるのは無理からぬことだ。大和撫子のようで西洋の美女の美しさをも兼ね揃える彼女は人間の声帯を奪うぐらいの魅力はある。「黙っていれば」の注釈が付くのは言うまでもない。
ふと、俺の肩がキツツキに襲われた。誰だよ、高橋名人式連打をしかける不埒者は。馬込さんか。
「浬君。誰ですか、あの人は」
「よーこさん。俺が暮らす寮の管理人さんです」
「よーこ、と言うのですか」
間違ったことは口にしていないはずなのに、なぜだか違和感がある。ずっとよーこさんと呼んでいたせいか。
「それで、ぬしが車を貸してくれるのかのう」
「は、はひ。そうでしゅ」
馬込さんは舌を噛みまくりだった。軍曹相手でもないのに、なぜか敬礼している。どうすんだよ、茜さんが爆笑しているぞ。




