よーこさん、旅行を提案する
インパクト抜群すぎる父親が去り、俺と美琴は腰を抜かした。威厳があるのかアホなのかよう分からん。
「なあ、みーたん」
「その呼び名は止めろと言っているだろ。私は東都のネットアイドルじゃない」
いや、知らんし。俺はそこまで真剣に特撮は見ていないからな。
「なんかとんでもない父親だったな」
「それは否定しないわ。父上は本家の陰陽師に後れを取るまいと必死になっている。私もそのために成果を出さなくては」
右手をグーパーする美琴。だが、父親のきつく握りしめた拳を前にした後では非常に緩慢な所作だった。どことなく、発言も尻つぼみになっていたような。
それよか、強力な妖怪か。まあ、重井沢なんてまず行く機会はないからな。あちらにも陰陽師がいるというし、任せておけばいいだろう。
なんて、責任放棄して帰宅したのだが、その考えは甘かったとすぐに思い知らされた。玄関を開けて早々、よーこさんが飛び出してきた。
「お帰りなのじゃ、浬。夏休みは旅行に行くぞ」
いきなりアクティブな提案をされたな。台所では瑞稀がパンフレットをウキウキウォッチングしているし。
「おかえりなさい、浬さん、美琴さん。さっきまでよーこさんと話していたんです。せっかく四人が出会えたのですから、思い出作りに遠出しないかって。前にみんなでお出かけしたでしょ。その続きということで」
「いい考えじゃない。夏休み中も部活はあるけど、数日くらいなら空けられると思う」
「俺はどうかな。色々と忙しいし」
「バイトはともかく、大方ガクドルズの用事でしょ。寮の行事ぐらい真面目に参加しなさい」
クソ、バレたか。まあ、夏休み中毎日ガクドルズのイベントがやっているわけではない。美琴じゃないけど、数日ぐらいなら空けられると思う。
「それで、どこに行くんだ。行き先について相談しているところだろ」
俺は頭の後ろで手を組んでパンフレットに目を通す。同じような文字が並んでいるような。もしかして、既に決まっているのか。
「浬さん、忘れたんですか。よーこさんがすごいものをもらってきたじゃないですか」
よーこさんがもらってきただって。当人は得意そうに数枚のチケットで顔を扇いでいる。札束だったらむかつく光景だ。
「とくとご覧あれなのじゃ」
机の上に広げたチケット。既視感があるのは気のせいではなかろう。
そのチケットに記されていたのは「重井沢特別宿泊券」だった。ここでようやく思い出した。どうしてよーこさんがそんな代物を持っているか。以前、商店街の福引で引き当てたのだ。
「そういえば、持ってたわね、そんなチケット」
「じゃろ。有効期限は夏休みまでなのじゃ。だから、行かないと損になってしまう」
せっかく無料で手に入れたのだから、有効活用しない手はない。重井沢か。旅行に行くなら申し分ないな。
待てよ。重井沢だって。俺はとっさに美琴と顔を見合わせる。ほんの数時間前に同じ単語を耳にしたばかりではないか。とんでもない忠告と一緒に。
俺はよーこさんの右腕、美琴は左腕を絡ませ、彼女を台所の隅へと連行する。不思議そうに首を傾げる瑞稀に、美琴は微笑みかけていた。
「一体どうしたのじゃ、ぬしら。おかしなことは言っていないじゃろ」
「確かに、提案自体はまともだ。けれども、重井沢はやめておいた方がいい」
「どうしてじゃ。親の仇でもおるのか」
そもそも仇敵なんて存在しない。俺の親は今頃韓流ドラマの再放送でも見ているだろう。
俺に先んじて美琴が口を開いた。
「さっきまで私の父上と会ってきたの。それで言われたわ。重井沢に強い妖気が発生している、近いうちに強大な妖怪が復活すると」
「まことか」
さすがに動揺したようだ。耳が逆立っている。勢いあまって出してはいけない耳まで出してしまわないか心配だった。
すんなりと諦めてくれる。そう思いたかったが、よーこさんは得意そうに胸を叩いた。
「案ずることはない。うちは300年生きとる妖狐じゃぞ。そんじょそこらの妖怪には後れを取らん。せっかくみなで遊びに行く機会じゃ。妖怪なぞに邪魔されてたまるかえ」
自分が妖怪であることを棚に上げて豪語する。美琴が頭を抱えていると、よーこさんは彼女の耳元に顔を近づけた。
「それに、ぬしにとってはいい機会ではないか。陰陽師として半端者のぬしが強大な妖怪を討伐できれば、名を馳せることができるかもしれぬぞ」
「妖怪に心配されるいわれはない。が、悪くはない考えだ」
腕組をしているが膝は笑っていた。あくまで気配があるというだけで杞憂かもしれない。出るかどうかも分からない妖怪を心配するよりは、確実に旅行を楽しんだ方が精神衛生上は好ましい。
結局、よーこさんの案に折れて、俺たちも同行することとなった。そんなわけで旅行の計画を煮詰めていくのだが、現状大きな問題が立ちふさがっているのだった。
「重井沢は秘境と呼ばれているだけあって、行楽地のわりに交通手段が乏しいのですよね」
瑞稀がパンプレットを指で叩いている。頬杖をついて、ため息までつく始末だ。
最寄駅から車で一時間ぐらいかかるうえ、直通のバスも一時間に一本来るかどうかだ。あまりにも交通の便が悪いということが「秘境」というイメージにマッチングして、それなりに観光客を稼いでいるらしい。でも、実際に訪れるとなると公共交通機関がろくに使えないというのはかなりの痛手だ。
最も手っ取り早く解決できる方法は一つ。
「自家用車を使うしかないわね」
事実、重井沢へは自家用車で赴くのが一般的だ。では、俺たちも車で行けばいいのではと思われるかもしれないが、
「でも、誰も運転できないだろ。そもそも、車も持っていないし」
現実の壁に打ちのめされるしかなかった。




