玄徳、おちょくる
どうにか一学期の終業式までには風邪を治し、みんなと足並み揃えて夏休みを迎えることができた。長期休暇。なんと魅力的な言葉だろう。特に夏はイベントが盛りだくさんだからな。お盆のコミケはもちろんのこと、ガクドルズの巡業ライブも企画されている。もちろんチケットは確保済みだ。早山奈織は映像だけの出演になるみたいだけど、ライブだけでしか見ることができない特典映像であることには変わりない。是非ともチェックせねば。
一か月ちょいに及ぶ休みをどう過ごすか画策していたところであるが、初日の予定はすんなり決まった。朝食を終えて早々、美琴から呼び止められたのだ。
「浬、約束は覚えているよな」
これから喧嘩しそうな物言いだけど、彼女と拳で殴りあうつもりはない。下手したら俺が負ける。帰宅部が本業剣道部に勝てると思っているのか。
お見舞いの時に交わした「父親に会ってくれ」という依頼だろう。美琴の父親というと、彼女の部屋に飾られていた五月人形が想起されるがいかなる人物であろうか。逆に会うのが恐ろしくなってくるが、約束してしまったものはしょうがない。俺は素直に美琴の言う通りにすることにした。
美琴の実家は陽湖荘から徒歩で三十分ぐらいのところにある。自転車通学しても支障のない距離だが、あえて寮生活をしている理由は主によーこさんだ。彼女が実家から通学できるようになる見込みは……立っていないだろうな。
会話という会話のないまま、俺たちはとある一軒家に到着する。「最近の授業はどうよ」みたいな事務的な話題しかないというのが悲しいところだ。美琴がやけに歩くのが速くて、俺が追い付くのに必死だったということもあるかもしれない。
ともあれ、美琴の実家を一瞥し、俺が抱いた感想が、
「反社会的勢力の根城ですか」
黒服サングラスの男たちが「お頭、おかえりなさいませ」と出迎えて来そうな立派な日本庭園だった。
「いきなり失礼なことを言うな。ここらでは地主ということで通っているが、別に怪しいことはしていないぞ」
美琴にわき腹を突かれる。地主の娘というだけでも十分すさまじい。美琴っていいとこのお嬢様だったのか。安倍晴明の分家の子孫とか名乗っているのは伊達ではなかったというわけである。
門をくぐると、こけおどしの音が出迎えてくれた。鯉の泳ぐ池があるうえ、公園として開放できそうな庭が広がっている。俺が圧倒されている間に、美琴はずかずかと家の門へと突き進んでいく。
「父上、帰ったぞ」
扉をノックして呼びかけると、ひとりでに開帳した。
そして、出迎えたのは羽織りでめかしこみ、豊満な白髭を蓄えた初老の男性だった。河童のような禿頭を晒し、がっしりとした肩幅としわがれた細目は息が詰まる威圧感を与えてくる。
やっぱり、一般人が訪ねてはいけないところだったのでは。俺が退散しようとすると、美琴が首筋を掴む。恐怖の大魔王かと思われる男が大手を広げる。
「おかえり、みーちゃん。元気にしていたか」
しわがれて圧がある声なのに、内容はすごく残念だった。
なんやかんやあって、俺は美琴とともに武道場と思われるところで正座している。学校で柔道の授業ができそうな設備を保有しているとは、金持ちの道楽だろうか。美琴の話では、父親が趣味で武道を小中学生向けに教えており、その教室として使われているそうだ。
父親からここで待つようにと言われているので、俺は美琴と二人きりにされている次第だ。学校で窓ガラスを割った後みたいな心地になり、かなり落ち着かない。
「なあ、みーちゃん」
「その名で呼ぶな」
「呼ぶなと言うほうが無理だろ。お前、家だとそんな呼び方されていたのか」
「父上の道楽だ。学校で呼んだらぶっ殺す」
脅しではないことは目を見れば分かる。
「もしかしなくても、玄関で出迎えてくれた人が父親なのか」
「そうだ。阿部玄徳。現役警察官かつ、当代最強クラスの陰陽師だ」
警察官は分からんでもないが、あの風貌で陰陽師というのは信じられない。武士の生まれ変わりの間違いではないのか。
訝しんでいると、渦中の人物がのっしのっしとやってきた。自然と俺たちは姿勢を正してしまう。「よっこいしょ」とあぐらをかき、こちらを一望している。
「君が刑部浬君か」
「はい」
声が上ずってしまう。悪いことはしていないのに、万引きの取り調べを受けている気分だ。
「是非とも、みーたんを幸せにしてやってくれ」
「えええええええ!?」
いきなり頭を下げられ、俺は美琴と一緒に叫んでしまう。おい、みーたん。お前、父親にどんな紹介の仕方をしたんだ。
「お父様、浬は同じ寮の住人というだけで、そんな関係ではありません」
「婿を紹介したいからやってきたわけではないのか。みーたんももう少しで十六になる。世継ぎを考えるべきだろう」
「まだ早すぎるわよ」
「そうでもない。昔は十二とかでも元服しておったぞ」
「いつの時代の話をしているのよ」
いかつい顔をしているのに、飛び出してくるのはすっとこどっこいな言葉ばかりだ。さすがは誕生日に呪いの市松人形を送っただけはある。
「まったく。昔はわしの言うことは素直に信じておったのに。達者な物言いを身につけおって」
「父上がでたらめばかり言っていると知って愕然としたからよ。まあ、そのおかげで成績は上がったけど」
「獅子は子供を奈落の底に突き落として育てるというやつじゃ。わしの教育方針に間違いはなかったということだな」
黄門様みたいな笑い声をしておる。美琴の成績がいいのは、父親に騙されないために自発的に勉強したおかげなのか。親への反骨心で成績を上げるとは大したものだ。
「それで、意中の男子を連れてわしに相談とは、どういった了見だ」
「変な枕詞をつけないでもらえるかしら」
美琴が変な汗をかいている。なんか俺、勝手にこの家の跡取りにされているみたいだぞ。と、他人事のように言っておく。
「陰陽師として相談したいことがあるのよ。父上にどうしても耳に入れておいてほしいこともあるし」
「なんじゃ、そっちか。期待して損した。せっかく、花嫁衣裳のカタログを持ってきたのに」
どさりと大量のパンフレットを床に放り投げた。遅れて来たのはこれのせいかよ。美琴が心労で倒れそうなほどため息をついているぞ。




