小野塚、ねこまんまを振る舞う
おかゆ、なのだろうか。ご飯が敷き詰められていることは分かる。でも、なみなみと茶色い液体が注がれていたのだ。未知の液体というわけではなく、一般的な日本の家庭なら一度は口にしたことがある料理である。なにせ、豆腐や油揚げ、ワカメがプカプカと浮いているのである。
未知との遭遇にフリーズしてしまったが、意を決して輝夜に訊ねてみる。
「これは何だ」
「ねこまんまだ」
日本語教室初級の会話を達成して輝夜はどや顔をする。猫だからねこまんまってなんらひねりがないな。あれだろ。お母さんから「行儀悪いから人様の家でやっちゃいけません」って言われるやつ。
外見は正直よろしくないが、せっかくもらったのだ。律儀に付属していたコンビニスプーンで一口掬って口に運ぶ。
「うお!?」
味将軍ならば口から光線を発射するところだったぞ。こいつは煮干しだしか。仄かに広がる海鮮の香り。汁物につかってご飯がびちょびちょになっていると思いきや、しっかりと歯ごたえを残している。そして甘辛い味噌。味噌汁として単独で飲むだけでも至高なのに、ご飯と合わさることで際どい辛さをカバーしている。外面はミスマッチなのに味はベストマッチ。例えるなら、ガクドルズとライバルアイドルグループ「スターステラ」が一緒になって歌っているかのようだ。
食べてしまったが最後、スプーンを持つ手が止まらず、最後までたいらげてしまう。よーこさんのおかゆも絶品だったが、そいつに匹敵する美味さだ。輝夜にこんな特技があったとは。
マスオさんが全自動卵割機で作った料理を食べた時に発した声を出し、俺は腹をさすった。返却されたタッパーを受け取り、輝夜は満足顔だ。
「ねこまんまが欲しくばいつでも作ってやる」
「いっそのこと、他の料理も作ってほしいな。卵焼きとかもいけるだろ」
「うむ。頑張ってみる」
両手でグーを作る輝夜をしり目に、瑞稀はカバンをあさっていた。彼女からもお土産があるのだろうか。
「まずはとりあえず、今日の授業のノートです。最近、授業の進みが速いですから」
真面目なお見舞いの品を渡された。こいつは地味に助かる。進学校は一日休んだら授業についていけなくなると言われているからな。自慢じゃないが、毎日出席していてもついていけていないぜ。
それとは別に、瑞稀はカラフルな装丁の本を出してきた。明らかに学習参考書ではない。表紙に仰々しい杖を装備した少年と、やたら露出が多い衣装を着たヒロインが描かれている。
「あと、休んでいる間に退屈していると思って。最近出たラノベで私のおススメです」
なんとも瑞稀らしいお見舞いだ。「回復魔法を使ったら世界最強の美少女を蘇生させてしまったのでそのまま一緒に旅に出る」か。タイトルですべてを説明している辺り、さすがはウェブ発小説だ。単にベホマと間違えてザオリク使っただけなんじゃないのかという野暮な疑問を挟んではいけない。それでも瑞稀曰く、「ネット上の小説賞で金賞を受賞したんですよ」だそうだ。マジか。
熱が下がって来たとはいえ、もう一日ぐらいは病欠しそうだから、ゆっくり読ませてもらうとしよう。
「二人ともありがとうな。美琴もお見舞いに来たけど、あいつが持ってきたのこれだぜ」
当人がいない間に笑い種にしようと、俺は自生しているままのリンゴを見せびらかす。しかし、二人の反応は冷淡だった。あれ、妙なことをしちゃったか。
「へえ、美琴さんもお見舞いに来たんですか」
別におかしくないだろ。一緒の寮に住んでいるんだし。どうしてくれよう、微妙な空気。ボブ・サップみたく、片手でリンゴを握りつぶせば打破できるのか。絶対に無理だけど。
淀んだ空気を一蹴したのは、急に開かれたドアだった。
「ただいまじゃ、浬。大人しく寝ておったか。おや、瑞稀と見知らぬ顔がおるな」
「天源荘の小野塚さんだ」
赤の他人にもその挨拶をするのね。乱入してきたのは金髪巨乳の管理人ことよーこさんだ。
わき目も降らず、俺のもとに突撃する。かと思いきや、興味深く輝夜とにらめっこしている。互いに無表情のままだったが、おもむろによーこさんは口角を上げた。
「浬よ。ぬしは面白い友を持ったのう。水入らずの時を邪魔するほど野暮ではないのじゃ。ゆっくりしとくとええ」
よーこさんにしてはすんなり引き下がったな。おろおろと首を動かす瑞稀に対し、輝夜はじっとよーこさんの動向を見守っていた。
すんなりと乱入者が去ってから、輝夜は口を開く。
「浬。私は妖力を見誤っていたようだ。あいつは戸愚呂の弟ぐらいの実力はある」
「余計に分からない例えをしないでもらえますかね」
前に、よーこさんがどれくらいの強さか話題になったが、その時のことを引きずっているのだろう。変身して醜くなったザーボンさんと戸愚呂の弟でどっちの方が強いかなんて、ジャンプ作品がクロスオーバーするゲームでも明らかにされなさそうだぞ。
長居して風邪を移されては元も子もないとのことで、二人はお暇する運びになる。いつもと同じかけ布団にくるまったはずなのに、いつもよりもぬくもりを感じた。そいつは俺の安眠を促すのに十分だった。




