浬、Gと戦う
「はいいいいい」と素っ頓狂な声を出すしかなかった。「はい」と言ってしまっているが、決して肯定の意ではない。家に付いていってもいいですかなら分からんでもないが、その逆を提案されるとは。美琴もとんでもない発言をしたと自覚しているのか、顔を赤らめている。
「か、勘違いするなよ。別にやましいことは考えていない。ただ、父上に浬のことを紹介したいんだ」
「いや、十分に勘違いする発言だからな、それも」
「もちろん、陰陽師として、だ」
互いに言い合って、そっぽを向いてしまう。そうでしょうね。
「思い返してみると、不審な点が多いんだ。私の術を受けても無事だったし、前によーこさんと葛葉の術を受けた時も平気だった。普通の人間ならば、とっくの昔にくたばっていたはずだ」
「言いたいことは分かるが、ぶっきらぼうすぎないか」
辟易するけど、俺としても納得できることではあった。妖怪だけにしか効果が無いという都合のいい攻撃ではなさそうだし、よく無傷でいられたなと思っていたのだ。俺に秘めたる力があるとでも言うのか。世を忍ぶ仮の姿、なんて中二病設定は持ち合わせていないはずだぞ。
「それに、父上だったら首筋の術についても知っていることがあるかもしれない」
「こいつか。まったく、早く消えてくれないかな」
そう言いながら、俺は首に刻まれた六芒星をさする。よーこさんに噛みつかれてできた「契りの刻印」だ。「学校を卒業するまでに彼女を作らないとよーこさんと結婚する」という約束を果たすためにかけられた呪いみたいなものらしい。現状、解除する方法は不明。よーこさんとの結婚を回避するためには、彼女が納得する相手と結ばれなくてはならない。
美琴以上の実力を持つ陰陽師であれば、もしかすると解除方法が分かるかもしれない。期待を抱いて枕を叩いていると、美琴はゆっくりと腰を上げた。
「もう帰るのか」
「風邪を移されたらたまらないからね。伝えたいことも伝えたし。早く治しなさいよ。うるさいのがいないと、その、調子狂うんだから」
一切俺へと顔向けしていなかったが、俺は「お、おう」と声にならない返事をするしかなかった。
そのままぶっきらぼうに退出していってしまう。そう思われたのだが、なんら工夫のないリンゴが悪さをしたのだろうか。香りにつられたのかどうか分からんが、美琴の足元を黒い影が横切った。火星にテラフォーミングしているあいつだ。
「ひゃううううう」
表記困難な悲鳴を出し、美琴は俺の背後に丸まる。いや、虫相手に過剰反応じゃね。激しく動揺しているのが伝わってくる。
「浬、は、はやく、追っ払って」
「風邪引いている人間にG退治を依頼すんのかよ」
「いいから」
揺らすな、吐く。まあ、Gと添い寝していては治る風邪も治らないからな。千鳥足になりながら武器になりそうな物を探す。殺虫剤は台所にしかないし、ポスターを丸めるなんて御法度だ。武器はないか。
あった。寝ぼけたまま掃除機のノズルヘッドを持ち込んでしまっていた。本来の使用用途と違うが、俺はそいつを床に叩きつける。しかし、攻撃は外れた。だが、衝撃音に驚いたか、奴は器用に入り口のドアの隙間から外に逃げていった。あとはよーこさんがどうにかしてくれるだろう。元野生動物なら虫を捕るぐらい訳ないだろうし(偏見)。
さて、布団の中に戻りたいのだが、
「美琴、いつまでくっついているんだ」
「だって、まだいるかもしれないでしょ」
「風邪が移るぞ」
「それは困る」
咳払いしてようやく離れる。頬が紅潮していたけど移してないよな。「あんたのせいで風邪引いた」と訴えられたら面倒くさいぞ。
「じゃ、じゃあ、早く風邪を治すのよ」
異常なまでに周囲を警戒しながら美琴は部屋から脱する。意外な弱点があったものだな。Gが嫌いで甘いものとイケメン俳優が好き、か。
「あいつ、典型的な女子かよ」
俺は独りごちると惰眠を貪るのであった。ところで、Gに狙われたリンゴはどうしようか。後でよーこさんにアウトソーシングしてもらおう。
再び手持無沙汰な時を過ごすことになる。なんて覚悟していたが、数十分後に再びドアがノックされた。今度は誰だろう。風邪ひきの特典を活かし、「鍵は開いているから入ってきていいぞ」と横着を働く。
「よばれて飛び出てパンプリリン」
別にあくびはしていないぞ。無遠慮にずかずか侵入してきたのはアホ毛で細目の少女。遠慮深く付き従ってきたのは三つ編み眼鏡の少女だった。
「浬、看病に来てやったぞ。喜べ」
「小野塚さん、浬さんは闘病中ですから静かにしていないとダメですって」
「気にしなくていいぞ。だいぶ熱は下がったからな」
遠足気分の輝夜をなだめる瑞稀に、俺はよきにはからえと促した。額面通りに受け取ったのか、輝夜はどっかとあぐらをかく。瑞稀は遠慮深く正座をした。足を組み替えるときに輝夜の青いパンツが覗いたが、指摘しないでおこう。
「あれくらいで風邪を引くとは軟弱」
「ずぶぬれで街を歩いたら普通は風邪を引くだろ。むしろ、輝夜はどうして無事なんだ」
「丈夫だから。森野も教室で豪語していた。俺は風邪なんか引いたことがないって」
証明されたな。馬鹿は風邪を引かない。引くけれども自覚しないともいう。あいつのことだから、三十九度の熱があっても平然として学校に来ていそうだ。感染の恐れがあるから素直に病欠しましょう。
興味津々に輝夜は部屋の中を観察している。ガクドルズのコレクションしか見どころは無いと思うぞ。
「私が住んでいる寮と比べると静かでいい。なんか落ち着く」
「そういえば、輝夜がこの寮に来たのは初めてだったか。この時間帯は静かだけど、よーこさんが帰ってくるとうるさいぞ」
「よーこさんはよく浬さんの部屋に遊びに行っていますよね。どんな用事があるんでしょうか」
「用事なんて高尚なものは無いと思う」
暇だから遊びに来たのじゃという小学生並みの動機しかない。輝夜の住む天源荘はどんな感じなのだろうか。ここより数倍以上の生徒が一緒に暮らしているから、相当うるさいというのは容易に想像できる。
輝夜はおもむろに手を叩くと、カバンからナフキンに包まれた容器を取り出した。手渡されたので素直に受け取るが、ほんのりと温かい。
「病気の時はお見舞いをするものだと聞く。私の手料理だ」
輝夜の手料理、だと。瑞稀までもが身を乗り出しているし。嫌な予感はするものの、女子の手料理なんておいそれと受け取ることができる代物ではない。俺は丁重にナプキンを広げていく。
そして、保温用タッパーを開封し、俺は反応に困った。




