浬、変態およびガチの不審者と出会う
「いやあ、いい仕事にありつけたもんだ。風呂の垢を舐めるだけでお金がもらえるんだぜ。これでパチンコやり放題ってわけだ」
恍惚としているけど、お金の使い方間違っていますからね。妖怪のくせにギャンブル依存症なのかよ。
そして、知りたくもない事実が明らかになってしまった。この寮の風呂は水垢やカビが一切存在せず、無駄にきれいだといつも感心していた。よーこさんが丹念に掃除しているだろうと思っていたのだが、まさか変なおっさんが嘗め回してきれいにしていたとは。美琴や瑞稀が知ったら発狂するだろうな。
「泥棒と勘違いしているみたいだが、別にこの家の金品を取ろうというつもりはねえ。ただ、風呂場の垢を舐められれば十分だ。分かったならさっさと帰りな。はやく仕事を終わらせたいんだ。今日は駅前のマルハンでイベントをやっているみたいだからな」
こいつ、どんだけパチンコ好きなんだよ。外見だけじゃなくて、中身もおっさんじゃねえか。
とりあえず、警察に通報するほどの相手ではないと分かり一安心だ。いや、風呂場を舐められている時点で安心できる事案ではないんだが。
これで心置きなく眠ることができる。そう思ったのだが、異変はまだ続いていた。
今度は洗面所から変な音が漏れ出ていたのだ。あそこにあるのは洗面台と洗濯機ぐらいのはず。洗濯機を作動している音では無さそうだし。アカナメの例からいくと正体は想像できるが、念のために確認しておかなくてはならない。
俺は再びノズルヘッド(攻撃力1)を装備して、洗面所へと足を運んだ。今度の音は例えを持ち出しにくい。擬音語にするなら「シャコシャコ」だろうか。こすりつけている音、とでも言うしかない。
ノズルヘッドを両手で握りしめ、勢い任せに洗面所へ突撃する。そこで対面を果たしたのは、
色白でちょび髭を生やした小柄なおっさんだった。
またもおっさんかよ。おっさんがいること自体はさほど驚くべきことではない。さっき、変なおっさんと対面したばかりだからな。
でも、明らかにおかしな物が用意されていた。志村けんのコントで頭の上に降ってきそうな金だらいだ。全面が泡立っており、板のようなもので必死に布切れをこすっている。小学校の教科書に出てきたけど、あれは洗濯板という昔の道具ではないか。平成を超越して令和になろうという時に、わざわざ昭和時代の遺物を持ち出すとは、とんだ酔狂者だ。
なんとなく正体は想像できるのだが、通過儀礼として質問をぶつけておいた。
「誰だ、お前は」
「おではあずき洗いというもんだ。おめこそ何者だ」
「俺は刑部浬。この寮の住人だ」
「おめが浬か。よーこさんがいつも言ってるべさ。将来、婿になる男だってな」
あの野郎、嘘八百をまき散らしやがって。婿になるつもりは微塵もないからな。
そして、予想通り、こいつもよーこさんが呼び寄せた妖怪というわけだ。さすがにあずき洗いは知っている。あずきを洗っているだけで基本的には無害な妖怪だろ。
しかし、あずきを洗うのに洗剤を用いる必要性はあるのだろうか。いや、あいつはそもそもあずきを洗ってはいない。手元にあるのは明らかに「布切れ」だ。
「ここで何をしているんだ」
「見て分からんか。洗濯だべ」
さも当然とばかりにどや顔された。状況的に推測できるけど、お決まりの質問というやつだよ。
俺が返答に窮していると、あずき洗いは勝手に語りだす。
「いい仕事があったべさ。あずきを洗う代わりに洗濯物を洗うだけでお金がもらえるんだべ。洗うのはおでの専売特許だかんな」
あなたにとっては天職でしょうよ。洗濯機という文明の利器を使わず手洗いしているのはこだわりなのだろうか。
「まったく、夢のような仕事だべさ。この寮にはめんこい女子高生が二人も住んでんだろ。その娘らのパンツを入念に手洗いできるうえに、お金までもらえるんだべさ。最高の仕事だと思わんか」
「はい、アウトォォォォォ!」
まともだと思った俺が馬鹿だった。こいつ、正真正銘のド変態じゃねえか。
こんなおっさんにパンツを洗われていると知ったら、美琴は憤り(地の果てまでこのおっさんを)追いかけまわし、瑞稀は(ショックで落胆して)丸くなるだろうな。降っても降ってもどんどん積もるよ、血だまりが。
意気揚々とパンツと思われる布切れを洗うおっさんをあとに残し、俺は自室へと戻る。よーこさんの慧眼は曇っているのだろうか。きちんと仕事をしてはいるものの、変態ばかりではないか。まあ、人に仇為す存在ではないことだけは確かだな。生理的嫌悪感だけ堪えることができれば、実害は無さそうだ。
ようやくひと眠りできる。なんて、安堵したのもつかの間だった。間が悪いことにインターフォンが鳴らされる。平日の昼時に客人かよ。訪問販売するなら、もう少し遅い時間帯を狙えばいいのに。居留守を使おうとしたが、高橋名人の十六連打並みの勢いで「ピンポン」が鳴り響く。仕方ない。適当に理由をつけてさっさと追い払おう。
俺が玄関の扉を開けた途端、口を半開きにして硬直する羽目になった。対面したのは、右手に包丁、左手に血塗られた鶏を握った、漫☆画太郎の作品に出てきそうなババアだったのだ。
三度目の正直でマジモンの不審者が来ちゃったよ。こいつは言いがかりができないよな。銃刀法で規制されている凶器を持っているし。
「よーこはいないのかえ。せっかく生きのいい食材を届けに来てやったのに」
「あ、あなたもよーこさんの知り合いなんですか」
「なんだい、この色男は。あたいは山姥というもんさ。よーこに頼まれて、夕飯の食材を届けに来てやったんだ」
食材って、まさか左手に持っている鶏じゃないでしょうね。よーこさんがたまに「新鮮な食材が手に入ったのじゃ」と喜んでいるけど、もしかして、このババアが運んできた食材じゃないだろうな。
「ちなみに、この鶏はどこから手に入れたんですか」
「山で生け捕りにしたに決まってるじゃろ。あと、山菜も持ってきてやったぞ。毒が無いものを選んだから安心せえ。毒キノコも食えんとは、人間はヤワじゃな」
毒キノコと発言した時に舌なめずりをしないでもらえますか。市場で買ってきたならともかく、仕入れ方法が原始的すぎた。
「居ないなら仕方ないねえ。お代はまた取りに来るよ。すっぽかしたら地獄の底まで追いかけるから覚悟しろって伝えときな」
俺の返答を待たずに、山姥は消え去った。おそらく、超高速で走り去っていったのだろう。銃刀法違反を犯していても、人間の警察では逮捕できそうにない。法で裁けぬ悪を裁くとのたまう異能力者を用意する必要がある。
とりあえず、大量の食材を台所まで運んでおき、俺はようやく布団に潜ることができた。一時間足らずの間に体温が0.5度ぐらい上昇したような気がする。
立て続けに規格外の不審者と出会って疲れがたまったのだろう。寝付けなかったのが嘘のように、すんなりと夢の世界へと出発する。舌なめずりをして鶏を洗濯するババアというトラウマになりそうなクリーチャーが出てきたが、風邪のせいにしておこう。後でよーこさんにクレームをつけなくては。




