浬、早山奈織の重大情報を得る
腫れぼったい目をこすりながら、八子先生が俺たちへと向き直る。
「見苦しいところを見せてしまったのだ。君たちには感謝しているのだ。縁もゆかりもないのにつきあってもらっちゃって」
「骨太郎は私のバイブル。その作者とあれば縁もゆかりもないわけじゃない」
「そうです。作家さんのお手伝いができてよかったです」
小野塚さんと瑞稀がエールを送る。そして、牟田先生も姿勢を改めた。
「今すぐに商業復帰できるほど甘い世界じゃねえ。でも、また同人活動から始めてみるとするよ。やはり、俺には漫画しかねえみたいだからな」
腕まくりをして意気込んでいる。両者の溝を埋めることができたみたいだし、これにて一件落着。俺たちの職場見学も幕を閉じる。
いや、閉じちゃダメだ! 重要なことをまだ聞いていないじゃないか。予想外の騒動に巻き込まれてそれどころじゃなかったから、あやうく忘れるところだった。
「牟田先生。聞きたいことがあるのですが」
「切羽詰まってどうした。どうしても聞きたいというなら、答えてやらんでもないぞ」
高圧的にふんぞり返っている。少し癪に障ったが、俺の目的が達せられるのであれば支障はない。
「ネコパラのアニメには早山奈織が出演していましたよね。アフレコの時とかに彼女と会ったことはありませんか」
俺が質問すると、牟田先生は顎をさすった。「会っていない」と否定されればこれまでの努力が水泡へと帰す。さあ、どうなる。
「会ったことは、あるな」
「本当ですか」
近所迷惑になるレベルの大声で詰め寄る。ついに有力情報を得ることができる。これで浮足立たない方が嘘だ。
「だが、ネコパラのアニメが放送されていた時だから、三年くらい前の話だぞ。そんな昔の話を聞いてどうするんだ」
「いいから、知っていることを教えてください」
「しょうがねえな。チィ役はデビュー間もない女性声優を起用すると聞いていた。そんな経緯もあってか、チィが初登場する回のアフレコを見学させてもらえることになったんだ。それで、早山奈織当人と会ったんだけどよ」
チィは早山奈織がネコパラで演じていたキャラクターだ。そして、会ったと断言した。胸が高まっていく中、牟田先生から衝撃的な事実が飛び出す。
「年端もいかない中学生ぐらいの子供だったぜ」
早山奈織が中学生だと。いや、落ち着け。ネコパラが放送されていたのは三年前だ。その時に中学生だとすると。
「今だったら、君たちと同じくらいの年齢ではないのか」
俺の推理を先取りして八子先生が発言した。
早山奈織が高校生。衝撃の事実に俺は言葉を失う。いや、案外妥当なのかもしれない。芸能活動をしながら学業にも励むとなると、色々とスケジュールに無理が生じる。イベントに全くというほど出演しないのはそのためもあるだろう。また、有名人が通学していると明かされると、学校側としても対応に四苦八苦することになる。そのような事情に理解がある芸能学校みたいなところも存在しているのだが、家の事情とかで通うことができなかったのかもしれない。
年齢は判明したものの、できればもっと情報が欲しかった。
「どんな子だったか覚えていませんか」
「数年前に一度会ったきりだからな。うろ覚えだけど、世間で噂されている通り、ガクドルズの花園華に似ていたぞ。あくまで雰囲気だけではあるが」
あの噂も間違いではなかったということか。一度会ったきりと断っていたように、これ以上は有力な手掛かりを得ることはできなかった。
しかし、大きな一歩を踏み出すことができた。高校生ぐらいで花園華に似ている少女。外見的特徴を把握できただけでも、骨を折った甲斐があるというものだ。
あれこれと騒動に巻き込まれていたせいで、日がとっぷりと暮れようとしている。あまり長居していてもよろしくないから、そろそろお暇しないとな。
立ち上がろうとすると、八子先生が唐突に手を上げた。
「蕪村さん、お願いがあるのだ」
「唐突に本名で呼びやがってどうした。そんなときは嫌な予感しかしねえぞ。前だって、昼飯を食うお金がないからカップ麺恵んでくれとか言ってきたじゃないか」
「人気作家様なら、他人にカップ麺を恵むぐらい造作もないのだ」
「だからって、取っておいたラ神をたいらげやがって」
三ツ星レストランの料理を取られたみたいに悔しがっているけど、ラ神はコンビニで二百円あれば買える量産型カップ麺ですよね。まあ、その辺の懐事情を詮索するのは止めよう。
「ラ神の話は済んだことだからいいのだ。川に落っこちて服がべちょべちょだから、着替えを貸してほしいのだ」
言われて、俺や小野塚さんもまた濡れネズミだったと改めて自覚した。少し運動すると汗だくになる季節ではあるが、ずぶ濡れのままでは風邪を引いてしまう。ここまで着替える暇がなかったし、そもそも着替えなんて用意していなかったからな。
でも、とんでもない違和感があるぞ。牟田先生はアシスタントを雇っておらず、アパートで独り暮らしをしているはず。なのに、女性である八子先生が着替えを貸すように頼むのはなぜか。
「仕方ない」と文句を漏らしながら、牟田先生は重い腰をあげる。そして、取り出してきたのは、
「ミニスカメイド服だ。ちゃんと洗って返せよ」
「いや、待て!」
こいつはもう、ツッコみを入れるしかなかった。




