八子先生、牟田先生と再会する
二度対峙するは開かずの門。施錠されていないし、俺の携帯電話一つで開くのだが、気分としては伝説のレアアイテムにつながる隠し通路を発見した時みたいだ。
瑞稀たちの計らいで、扉のすぐそばには牟田先生がいるはずだ。壁を隔てて数メートル。気軽に対面できそうな距離だが、隔てる壁はベルリン並である。
「覚悟はいいですか、八子先生」
「変わっていないのなら、覚悟する必要はないのだ」
余計な口を出してしまった。でも、冗談抜きで覚悟してもらう必要がある。下手をしたらとんでもない修羅場に発展してしまう可能性もあるわけで、今からでもとんぼ返りしたかった。だが、それはできない相談である。小野塚さんがしっかりと袖を握っているから。
無言で促されたので、俺は扉を叩く。やがて、鈍い音を立てて鉄壁が崩壊する。息をするのもつらかった。数年越しに運命の再会が果たされる。
牟田先生を目撃した八子先生の第一声がこうだった。
「豚がいるのだ」
失礼極まりないが、なんら虚構は含んでいない。
「どういうことなのだ。これが牟田先生なのか」
「人をThis is構文で疑ってんじゃねえ」
Is he Mr.Muta?と尋ねればいいという問題でもない。危惧していたことが現実になってしまったか。まず、体型からして数年前から大変身しているのだ。
「牟田先生の皮を被った、隕石に乗ってやってきた地球外生命体じゃないのか」
「俺はワームでもねえよ」
よく分からんが、二人はライダーのネタにも精通していることは分かった。こっそり瑞稀がググって教えてくれた。水嶋ヒロが出演しているやつって確実に美琴もチェックしているな。
なおも疑わしく牟田先生を観察する八子先生。納得していないように唸り声をあげる。
「声はそっくりだし、どことなく面影はある。牟田先生だと言われたら信じるしかないのだ」
「当人だって言っているだろ」
口調から面倒くささがにじみ出ている。おそらく、八子先生は昔からあんな調子だったのだろう。「豚がいる」発言で対話が破局していてもおかしくなかったからな。
玄関先でああだこうだ言い合っても不毛なだけだ。俺たちはとりあえず居間へと上がらせてもらい、ついでにバスタオルを借りる。川に落ちてずぶぬれのまま、着替える機会がなかったからだ。俺たちが外出しているときの経緯を説明するのにも骨が折れたが、そいつは割愛しておこう。
体操座りをしてふてくされている八子先生。対して、牟田先生も胡坐をかいている。感動の再会のはずが、どうしてこうなった。俺たちは遠巻きに動向を見守るしかない。
「それで、どうして豚になっているのだ」
「最初に聞くのがそれかよ。相変わらず無遠慮な女だな」
「気になったから聞いているのだ。おかしなことはないのだ」
「あるだろうが。エロ漫画談義になったときに、『先生の好きな体位は何なのだ』と率直に聞いてきやがって」
瑞稀が盛大に吹きだした。牛乳を口に含んでいたら、敷地内の半分が真っ白になっていただろう。
「別にいいじゃないか。先生でやるわけではないのだ」
「当たり前だが、面と向かってする質問じゃねえよ。騎乗位とか答えたら、練習するつもりじゃないだろうな」
「なるほど、参考にするのだ」
「するんじゃねえ」
牟田先生も大概な変人かと思っていたら、八子先生が想像以上に度を越していた。一分足らずで身に染みたのだが、彼女とよーこさんを同一空間に置いてはいけない。色々な意味で。
「話を戻すが、俺が激太りした原因だろ。アニメがうまくいかなくなってやけ食いしただけだ。別に面白いことなんざ何もねえよ」
「アニメはダメでも、先生には漫画があるのだ。悲観することはないのだ」
「その漫画も描けねえからこうなってるんじゃないか」
床が抜けそうな勢いで牟田先生は地面を叩く。あまりの勢いに八子先生はすくみ上った。
「あのアニメをやってから、俺のもとへどれだけの誹謗中傷が届いたことか。クソアニメ乙、つまらねえゴミ。俺が苦労して生み出した力作をゴミだのクソだの言われるつらさがお前に分かるかってんだよ。そんなことを言われたまま漫画を描いたところで、面白いものなんか描けるわけねえだろ。読者アンケートも似たようなものだったさ。毎日届くクソ、クソ、クソ、クソ、クソ。てめえらの方がよほどのクソだっつーの!」
近所迷惑を顧みずバンバン床を叩く。巨漢も相まって、実際に胸を叩かれているかのような迫力だった。
華奢な八子先生はそのまま張り倒されてもおかしくはなかった。多少なりとも委縮しているのは間違いない。でも、一瞬たりとも牟田先生から視線を逸らしてはいなかった。




