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浬と小野塚、八子先生を説得する

 美琴の姿が豆粒ぐらいになって、小野塚さんは尻を地面につけた。テンプレートな「腰が抜けた」を目の当たりにしたのは初めてかもしれない。

「びっくりした。陰陽師が出てくるのは予想外だった。そこそこ強い臭いがしたから、下手したら消えてたかもしれない」

「さらりと物騒なことを言うなよ」

 クラスメイトが消されたとあってはさすがに目覚めが悪い。たとえ、小野塚さんが邪悪な意思を持っていたとしても、そう簡単に割り切れる問題ではない。彼女のほかに妖怪はいないよな。心配したところで、クラスメイト全員のことを把握できてはいないし。


 ほっとしたところで、俺は気になっていたことを尋ねてみることにした。

「さっきから強い妖怪の臭いとか言っているけど、臭いで妖怪の強さが分かるのか」

「大体分かる。浬に染みついていた妖怪の臭いはけっこう強力」

 よーこさんのことだろう。あいつ、どのくらいの強さなんだ。


「私がラディッツなら、変身して醜くなったザーボンさんぐらい強い」

「例えが微妙過ぎて、強いのか弱いのかよく分からねえぞ」

 原作を読んでいないと把握できないようなキャラを持ち出さないでくれ。せめて、ヤムチャとフリーザ最終形態とか言ってくれたら分かりやすいのに。

「ちなみに、さっきの陰陽師はサイバイマンぐらいの強さ」

「そいつだと、小野塚さんより強いと認めているがいいのか」

 よーこさんよりは弱いそうです。残念だったな、美琴。


 臭いはあくまで指標とのことなので、本気にはしないでおこう。ジャイアントキリングなんていくらでも起こりうるからな。

 それよりは次なる問題は八子先生だ。猫騙しを受けてからというものの、ずっと気絶している。異能バトルもどきが繰り広げられてもなお昏倒しているって冗談抜きでまずいのでは。救急車を呼んだ方がいいかな。


 俺が心配していると、小野塚さんは八子先生の前で体操座りをする。さっき目撃しておいてなんだが、微妙にパンツが見えそうになっている。邪な視線など意に介せず、小野塚さんは八子先生へとデコピンを放った。


 って、何やってんの。まさか、そんな一撃で目を覚ますわけ、

「ふああ。よく寝たのだ」

 起きてるし。


「一時的に眠らせていただけ。起こそうと思えばいつでも起こせる。あるいは、八時間経てば勝手に起きる」

「理想的な睡眠時間を消費しただけのような気もするが」

 自在に相手を眠らせることができるって、じゃんけんで勝つぐらいの運を操作するよりもすごいような。むしろ、こっちの能力を危惧すべきなのでは。


「最近、寝不足だったから、仮眠できて助かったのだ。でも、どうなっているのだ。いつの間にか浬くんたちがいるし。よく覚えていないけど、川で溺れていたような気がするのだ」

「気のせい」

 小野塚さん。たった四文字で済ますには無理があります。ある程度は説明しておかないと辻褄を合わせられそうにないな。


「一人で川のほとりで佇んでいたんですが、まさか良からぬことを考えていたんじゃないでしょうね」

 俺が懸念をぶつけると、合点がいったのか、八子先生は手を叩いた。

「どうして自殺する必要があるのだ。牟田先生と喧嘩してしまうし、財布を無くすしで、途方に暮れていただけなのだ。命を粗末にしてはいけないのだ」

 逆に説教された。さらりと流していますけど、八子先生自身も大変な思いをしていますよね。


 とりあえず、財布は牟田先生のところにあると伝えると、ほっと胸をなでおろす。だが、青菜に塩とばかりに項垂れた。単に財布を探しているだけなら問題はないのだが、「牟田先生」が最大の引っかかりになっている。

 どうやって切り出そうかと悩んでいると、小野塚さんはそっと八子先生の肩に手を置いた。

「牟田先生と仲直りして」


 単刀直入な要求だったが、すんなりと通せる案件でもない。「ごめんなさい」ですべてが済んだら、そもそもここまで苦労はしていないんだよな。

「できればそうしたいのだ。でも、牟田先生は昔の先生じゃないのだ」

 浮き腰になっていたが、服が汚れるのをいとわず、河川敷に腰を下ろす。背ける相貌に、お茶らけた様相は微塵も感じられなかった。


「先生は心の底から漫画が好きだった。自分の作品はもちろん、私の作品を品評する時や、他のおススメの作品を語る時はイキイキとしていたのだ。だから、あんなことを言うはずはないのだ。先生は変わってしまったのだ」

 「漫画なんてクソだ」という発言のことだろう。肉体的に変わってしまったというのも嘘ではない。


 空論をぶつけて空虚な期待を煽るか。いや、決して空論などではない。俺は無理にでも先生の真正面から顔を合わせ、単刀直入にぶつけた。

「牟田先生は昔から変わっていないですよ」


 虚を突かれたように、八子先生は目を丸くする。だが、次第に肩を震わせた。真正面から睨み返され、俺はすくみ上る。

「あなたに何が分かるのだ。牟田先生との付き合いは私の方が長いのだ。だからこそ断言できる。先生は絶対にあんなことを言ったりしない」

 出会って一日もたっていない俺が口出しできるような問題ではないだろう。でも、確実に言えることはある。俺は負けじと八子先生に対面する。


「断言するには早いです。牟田先生が心の底から暴言を吐いたなんて信用できますか。事情があるかもしれないでしょう」

「じゃあ、どうして嘘なんかつくのだ。先生はやっぱり昔のままじゃないのだ」

「それは……」

 否定しようがない。完全に昔のままではないからだ。俺が絶句すると、八子先生はそっぽを向いてしまう。早々説得が決裂してしまうなんて、舌戦の脆さが恨めしい。


 手をこまねいていると、バトンタッチとばかりに小野塚さんが八子先生の矢面に立った。一体、どうやって説得するつもりなんだ。心臓を高鳴らせていると、完結に一言言い放った。

「話せば、いいと思うよ」

 自爆覚悟で突撃したにしては正鵠を得ていた。次の句を告げる間を与えず、小野塚さんは畳みかける。

「私もそうだった。きちんと話せば分かってもらえる。むしろ、話もしないで勝手に思い込むのはダメ。先生は牟田先生が変わってしまったと勝手に思い込んでいるだけ。ちゃんと話し合えば解決する」

「そんな単純にいくわけ」

「俺も小野塚さんの意見に賛成だ。どっちにせよ、財布は牟田先生のところにあるんだ。このまま所持金を預けっぱなしにしておくわけにはいかないだろ。まずは、自分の目で確かめてみるというのはどうですか。変わったかどうかを判断するのはそれからでも遅くはないでしょう」

 駄々をこねる子供のように体を丸める八子先生。しかし、大きくため息をつくと、すっくと立ちあがった。


「君たちに無用な心配をかけたうえ、意固地になっていては大人として示しがつかないのだ。だから、会うだけ会ってあげてもいいのだ。でも、そこから先はこっちの問題。とやかく口出しはしないでほしい。それだけは守って」

 無論、本来俺たちが下手に介入していい問題ではない。解決するのは最終的に当人たちであるべきだ。


 俺は小野塚さんと目くばせすると、携帯で森野に連絡を入れる。「八子先生が見つかって、これから戻る」とだけ告げると、「了解」と短く応答された。時折吹く風が体に染みる。だが、その風は体の内部まで到達することはなかった。

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